開発責任者が語る環境への想い

プリウスPHV開発責任者 金子 將一 2017年3月1日取材

プリウスPHV開発責任者  金子 將一
*Aグレードを除く

2017年2月、トヨタがハイブリッド車に次ぐ「次世代環境車の柱」と位置付けるプリウスPHVが2代目として大きな進化を遂げました。バッテリーを大型化してEV走行距離を68.2kmとし、ガソリン走行時の燃費性能も4代目プリウスと同じ*JC08モード37.2km/Lを達成しました。さらに、空力性能にすぐれたバックドアガラスのダブルバブルウインドゥ、軽量化に貢献するカーボンファイバー製リアゲートなど、環境性能を向上する最新技術が惜しみなく投入されています。

開発時の大きなテーマは「エンジンをかけないようにすること」。

お客様目線に沿った開発で製品価値を高め、太陽光を走るエネルギーとすることもできる2代目プリウスPHVは、いずれエコカーの主役となるクルマの姿を背負っています。そして、トヨタが一丸となって取り組んでいる「トヨタ環境チャレンジ2050」。この挑戦の象徴として、プリウスPHVは普及へ向けた新たな道を切り拓いています。

その設計・開発の責任者として現場の指揮を執り続けたのは、初代より開発に携わるMS製品企画の金子將一。トヨタの基幹車「カローラ」の開発でグローバルな視野を広げ、モーターショーのコンセプトモデルも手掛けた経験を活かし、次世代環境車の開発にあたってきた金子が、2代目プリウスPHVの環境性能の進化を語ります。

プロフィール(2017年3月1日取材)

プリウスPHV開発責任者 金子 將一

所属
MS製品企画 主査
略歴
1991年トヨタ自動車に入社。エンジン部でディーゼルエンジンを担当後、グランビア、ハイエースなどのラジエターやエアクリーナーといったエンジン搭載部品の設計に従事。1999年に製品企画室に異動し、イプサム、ガイア、アイシス、欧州専用車バーソといった車種を担当。こうした量産車開発の傍ら、2005年にはモーターショーに出展したコンセプトカー「i-Swing」に携わる。その後、オーリス、カローラの開発を経て、2012年より初代プリウスPHVの開発に携わり、2代目PHVでは開発責任者として現在に至る。

プリウスPHVとの出会いで高まった環境に対する意識

プリウスPHV開発責任者  金子 將一

-これまでの業務を通じ、環境を強く意識した時期やきっかけはありますか。

自分の中で環境に対する意識が大きく変化したのは、やはりカローラからプリウスPHVの担当にかわった時期です。カローラはグローバル展開されているクルマのため、全世界でどのようにして均質な製品をお届けするかという意識の方が高かったと思います。その後、プリウスPHVの担当になり、このクルマが置かれている位置づけを再確認するなかで、これまで以上に環境に対する勉強が必要と感じ、知識を積み重ねるなかで、自身の環境に対する意識の高まりを感じました。

その初代プリウスPHVが発売された2012年1月には、すでにプリウスは3代目として市場に導入され、圧倒的な燃費性能とお求めやすい価格でたくさんのお客様から支持を得ていました。一方で、初代PHVはプリウスに比べ、通勤や買い物などの日常の近距離移動ならほとんどの領域をEVとして走ることができるアドバンテージを持っていました。さらに、材料・部品・モノづくりを含めた「トータルCO2削減」といった環境性能の高さも相まって、私自身、「このクルマを普及させて環境へ大きく貢献させたい」という意識を常に持ちながら開発に当たっていました。

開発の最大のテーマは、お客様目線に立った「エンジンをかけないこと」へのこだわり

-2代目プリウスPHVの開発におけるもっとも大きなテーマは何ですか。

最大のテーマは「エンジンをかけないこと」です。
2代目プリウスPHVのEV走行距離は68.2kmですが、決して数値目標ありきで開発が進んだわけではありません。2代目の開発に当たり、初代プリウスPHVに乗られているお客様にいろいろお聞きすると、「エンジンがかかるとがっかりする」という声をたくさんいただきました。開発サイドは、効率や使用環境の特性によってはエンジンをかけた方が良いケースもあるため、エンジンをかけることは決して悪いことではないという判断をしていました。しかし、実際に乗られているお客様からすると、「エンジンがかかること=環境への負荷」という意識が働きます。

たとえばヒーターを使用する場合、電気の力で水を温めて暖房に使用するよりも、エンジンを使って水を温めた方が短時間で熱効率的にも優位です。クルマに蓄えられるエネルギーは限られているため、その限られたエネルギーをいかにクルマの出力、つまりタイヤにどれだけ効率よく伝えるかが燃費向上の概念です。そうすると、エンジンが得意なところはエンジンに、モーターが得意なところはモーターにという考え方がプリウスであり、初代プリウスPHVも同様の考えのもとシステムを作動させていました。

プリウスPHV開発責任者  金子 將一

EV走行距離については、一日に20kmしか走らないドライバーが、EV走行距離100kmのPHVを買ったとしても、残り80km分が“重り”となってしまいます。100kmを走行するためのバッテリーは大きく、重くなります。その“重り”を支えるためにはタイヤも大きくなり、ボデーも大きくしなければなりません。また、バッテリーが小さければ、LCA(ライフサイクルアセスメント)*的にも有利になるので、一日に20kmしか走らないドライバーにとっては、20km分のバッテリーを積むことがベストなCO2削減につながるというものです。

こうした考え方は、エコカーの環境性能を測る物差しである「Well to Wheel(燃料生産からの評価)」の概念に基づいたものですが、実際にクルマに乗られるお客様は、ご自身が走行時に与える排出ガスなどの「Tank to Wheel」の見方によって環境への影響を判断されます。もともとプリウスPHVに乗られているお客様は環境意識が高く、いかにエンジンをかけずにバッテリーだけでどれだけ走れるかを楽しんでいらっしゃる方もたくさんいらっしゃいます。なかには気温の低い朝でも、エンジンをかけまいと寒さを我慢してヒーターをつけずに乗られるお客様もいらっしゃいます。そうしたお話しを聞いて、「いい製品をつくるだけではダメだ」と思いました。

トヨタは「エコカーは普及してこそ環境への貢献」という考え方を掲げています。これを達成するには、環境性能の高い“いい製品”をお届けすると同時に、“買っていただける製品”であることが必要です。買っていただければ名前も広まり、普及のスピードも速くなります。お客様の声にしっかりと耳を傾け、お客様目線に立ったモノづくりを実行するため、2代目はお客様をがっかりさせないよう、「エンジンをかけないこと」にこだわった開発を進めました。 *LCA:走行時だけでなく、製造から廃棄・リサイクルまで考えたクルマづくりで、全ライフサイクルで排出するCO2を低減しています。

寒さ対策を万全に、そして日々の移動をほぼEV走行で賄えるように

-エンジンをかけないことにこだわった取り組みを教えてください。

まずは、初代の反省を踏まえ、寒さに強いPHVを目指しました。
バッテリーは化学反応を利用している特性上、低温になると性能が低下してしまい、バッテリー内部に充電容量が残っていてもエンジンがかかってしまいます。2代目プリウスPHVは、リチウムイオン電池内のセルと呼ばれるバッテリーモジュールごとに電熱式のヒーターを設置して、充電中にバッテリーを保温できるようにしています。外部充電を接続しておけば、外気温が0度を下回った時点で、昇温システムが自動的に稼働します。これにより、スタート時にエンジンをかけることなく、十分なEV走行が実現できるようになりました。

先ほどお話ししたヒーターについても寒さ対策を施しています。
ヒートポンプエアコンは、外気温から熱量をもらって室内に暖房として放出するため、外気温が低くなると非常に効率が落ち、氷点下になるとものすごい勢いで温風が出なくなります。そうなると冬場の寒い朝などは、どうしてもエンジンがかかってしまいます。これを防ぐため、マイナス10度まではエンジンがかからないようにと、ガスインジェクションという技術を採用しました。
コンプレッサーは、いわゆるボイルシャルルの法則で、温度が下がれば中の冷媒の圧力も下がって密度が減ってくるのですが、それだけ冷媒の量が減るということは熱交換ができなくなるということです。そこで、インジェクションを使ってガス状の冷媒を追加して増やすことによって熱効率を上げています。従来は、ガスインジェクションを含めるとエアコン制御が複雑化するため、マニュアルモードのエアコンしか製品化されていなかったのですが、今回オートエアコンに採用できたのは、世界初の技術です(2016年8月時点 トヨタ調べ)。

■ガスインジェクション機能付きのヒートポンプ暖房の仕組み

また、大容量バッテリーを採用することで、EV走行距離をこれまでの「26.4km」から「68.2km*」に拡大しています。
この数値をターゲットとした理由は、いろんな規制に対して非常に良い数値であり、またお客様からの声も60kmあればEV走行で外出先から戻ってくることができるという調査結果を元にしています。
さらに、もう一つの理由として、これ以上電池を大きくすると今度はハイブリッド車よりもLCA的に悪くなってしまうという「Well to Wheel」の視点から判断しています。

*エンジン、駆動用バッテリーの状態、エアコンの仕様状況や運転方法(急加速・所定の車速を超える)、道路状況(登坂)などによっては、バッテリー残量に関わらずEV走行が解除されエンジンが作動します。数値はJC08モード・充電電力使用時走行子距離(国交通省審査値)。

■初代と2代目の駆動用バッテリー(リチウムイオン)の比較

初代と2代目の駆動用バッテリー(リチウムイオン)の比較

こうした取り組みによって日常の近距離移動でエンジンがかかるケースが大幅に減り、お客様をがっかりさせることも少なくなったのではないでしょうか。

技術の伝承も念頭に、次世代環境車に相応しい新技術を惜しみなく投入

-「エンジンをかけない」という工夫以外にも、環境性能を向上した取り組みについて教えてください。

今回はいくつもの新しい試みに挑戦しています。
たとえば、バックドアのダブルバブルウインドウは、空力性能を向上させるために採用したものです。2つのふくらみの滑らかな曲面が空気の流れを巧みに受け流す通り道となって空力性能を向上しています。

また、今回搭載している大容量のリチウムイオンバッテリーは、初代に比べ、質量も体積もおよそ1.5~1.6倍となっているため軽量化対策が必要です。
4代目プリウスでは、バッテリーは後部座席の下に搭載していましたが、2代目プリウスPHVは大型化したことでラゲージに移動しています。そのため、追突時のバッテリー保護を目的にバンパーを80mm延ばさなければいけません。様々な条件下のもと、後部の軽量化を進めていくためには、「出来る限りバックドアを軽くすること」をテーマに開発を進めました。
従来の樹脂バックドアには中に鉄の骨が入っているため、これまでの軽量化技術では目標値を達成できません。そこで今回、バックドアの骨格にカーボン素材(CFRP:炭素繊維強化樹脂)を採用することにしました。

今回採用した「SMC(Sheet Molding Compound)」と呼ばれるカーボン素材は、非常に軽く、複雑な形状に成形しながらも高強度化を実現しています。反面、製造過程では繊維の方向によって強度や剛性が変わるためバラツキがでやすいという側面もありましたが、これを克服しアルミ合金で制作した場合よりも約40%軽く仕上げることができました。

実は、バックドアは「レクサス LFA」の工房でもあった元町工場で内製化しています。カーボン素材はライン化して安定させることが大変ですが、そこにはほぼすべてを職人による手作業で丁寧につくり上げてきたLFAのモノづくりの技術があったことで実現することができました。手作業でやってきたことを量産化するというのは、生産技術の側面で大きな革新です。もちろん、カーボン素材はコスト的にも割高になりますが、何よりLFAで培ったカーボン技術を量産車に技術伝承していくことで、今後のトヨタの軽量化に対する大きな棚入れのアイテムとして育てたいという思いから、一丸となって取り組みました。

さらに今回は、ソーラー充電システムも新たに開発しました。

初代プリウスPHVにも、ソーラーシステムはオプション設定されていましたが、その用途は車内の熱気を換気する装置を稼働するためのものでした。新たなシステムは、EV走行用エネルギーの一部を太陽光で賄おうとするもので、量産車としては世界初のシステムです(2016年8月時点 トヨタ調べ)。

そもそも太陽エネルギーはエネルギー量が小さいため、これまでのシステムだとバッテリーを充電するために立ち上げておかなければならない監視システムやECU(エンジンコントロールユニット)に、折角降り注いだエネルギーを使うことになり、非常に効率が悪くなります。

そのため一旦、ソーラー用の小さなバッテリーに一時的に太陽エネルギーを蓄えて、そのバッテリーにエネルギーが溜まったら初めて汲み上げ式で走行用バッテリーへ充電する仕組みをつくりました。システムの性能は、日当たり最高6.1km、平均で2.9kmのEV走行が可能です。1日のEV走行距離として非常に小さな数値ですが、ソーラーはとにかく天気が良ければ稼働しているので、年間で約1,000km程度を太陽エネルギーで賄うことができます。年間1万kmを走行されるお客様にとっては約10%に相当します。

また、車内の大型ディスプレイには、ソーラーシステムが設置されたクルマが完成してから納車されるまでも含めて、太陽光で得られたエネルギー量がどの程度累計されたかをEV距離換算で示すこともできます。取り入れたエネルギーすべてがEV走行に使われるわけではありませんが、環境意識の高いお客様は、こうした目に見える情報にも関心を寄せていただけるのではないでしょうか。

今後、ソーラー充電システムは、バッテリーを有するクルマについては、非常に有効なシステムになる可能性が高いと考えています。当然、屋根が広ければ広いほど大きなソーラールーフを取り付けることができます。充電スタンドがない駐車場や災害などで停電した場合にも有効です。また、限られたエネルギー資源を大切にするという視点からも、その可能性はどんどん広がっていくのではないでしょうか。

現在、もっとも環境に貢献できるエコカーがプリウスPHV

-トヨタは「環境チャレンジ2050」で、2050年までに販売車種のCO2排出量を2010年比で90%削減する目標を掲げています。PHVはそのなかでどのような役割をはたすのでしょうか。

2050年に向けたCO2削減の大きな原動力となるためには、次世代環境車のさらなる普及が必要で、PHVは絶対に欠かせない技術・システムだと考えています。
トヨタは、限りある化石燃料を節約して使う「省石油」技術と、次世代に向け石油資源の代替となる「脱石油」技術を2本柱に、開発における環境戦略に取り組んでいます。そのなかで、ハイブリッド車とPHVが「省石油」、EVとFCVが「脱石油」を担う技術で、PHVは「省石油」を達成するためのもっとも先端を走る技術であり、いずれハイブリッド車に置き換わるもっとも有効なデバイスだと考えています。
そのため、2050年に向けてPHVがCO2削減の原動力となるためには、現在ラインナップされているハイブリッド車と同じくらいのモデル展開が必要だと考えています。

1997年の初代プリウス誕生以来、プリウスの進化に合わせハイブリッドシステムをさまざまなモデルに展開し、2017年1月末にはハイブリッド車の世界累計販売台数は1,000万台を超えました。ハイブリッド車がここまでご支持いただけたのは、お客様目線で普及を図ってきた経緯があります。2代目となったPHVも多くのお客様の声に耳を傾け、開発に取り組んできました。
2050年に向け、一歩ずつ着実に。ハイブリッド車がそうであったように、いずれプリウスPHVも当たり前のクルマとして社会に受け入れられ、エコカーの主役になる日もそんなに遠くはないのではないでしょうか。