開発責任者が語る環境への想い

ダイナ/トヨエース開発責任者 下村 修之 2011年7月取材

ダイナ/トヨエース開発責任者 下村 修之

ダイナ/トヨエースが発売されたのは、日本経済が飛躍的に成長を遂げた高度成長経済期の真っただ中にある1959年のことでした。日本は活気に溢れ、エネルギーは石炭から石油に変わり、太平洋沿岸にはコンビナートが立ち並ぶなど、各地で工業化の波が押し寄せていました。こうした日本経済を底辺で支えてきた働くクルマたち。ダイナ/トヨエースもその一翼を担う働きを50余年にわたり続けてきました。
2011年6月、いっそう進化した環境性能を携えて、ダイナ/トヨースはモデルチェンジを果たしました。商品開発本部の開発責任者・下村修之が、クルマづくりを通じた社会への貢献とはどういうことなのか、何が求められ、そうした声にどのように応えたのかをモノづくりの視点で語ります。

ダイナ/トヨエース開発責任者 下村 修之
プロフィール(2011年7月取材)

ダイナ/トヨエース開発責任者 下村 修之

所属
商品開発本部 トヨタ第3開発センター 製品企画主査
略歴
1981年トヨタ自動車入社。入社から1999年までエンジン設計として、VZ、JZ、1Gエンジンの開発を担当。2001年からは製品企画室でブレビス、クラウンを担当。その後、CEとしてマジェスタ、中国クラウンの開発を手掛け、2010年よりダイナの開発のまとめを行っている。2011年7月現在の担当車種は、ダイナ2t/ダイナ1.5t、プロボックス/サクシード、クイックデリバリ、高機動車、タウンエース/ライトエース。

技術のあらゆる先にあるのが環境への対応という目標

-環境の世紀ともいわれる21世紀において、重要なキーワードの一つ「サステイナビリティー(持続可能性)」をどのように捉え、開発に取り組んでいますか。

持続可能性という視点でいうと、様々な要素があると思いますが、今現在もっとも考慮すべき課題は「環境」だと考えています。環境は本当に大きな話で、地球規模で皆が環境への配慮という意識を持って立ち向かわなければ解決できない課題です。私もクルマをつくる立場の人間ですから、そうした想いは持ち続けおり、『環境にやさしいクルマづくり』が私のやるべきことだと強く感じています。
トヨタという企業は早くから環境ということを意識してきた企業です。1992年に策定された『トヨタ基本理念』には、「クリーンで安全な商品の提供を使命とする」「様々な分野での最先端技術の研究と開発に努める」というくだりがあります。この言葉の通り、「最先端技術の研究と開発」は、クリーンで安全な商品づくりにつながるものでなければなりません。技術のあらゆる先にある目標は、その多くが環境につながるものではないでしょうか。

-今回担当されたダイナ/トヨエースは商用車のカテゴリーですが、環境という視点で見た際、普通乗用車との違いは何でしょうか。

乗用車との大きな違いはエンジンです。普通乗用車はガソリンエンジンが主流で、ダイナ/トヨエースのような商用車はディーゼルエンジンを多く採用しています。
ディーゼルエンジンの特徴をガソリンエンジンと比較して簡単にいうと、丈夫で燃費が良くパワーもあるが、うるさくて大気汚染の原因の一つとされるNOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)を排出するのがディーゼルエンジンです。

ディーゼル車の主なメリットとデメリット
メリット
  • 燃費が良い
  • 軽油を燃料にしているため、燃料費が安い
  • CO2排出量が少ない
  • 耐久性・信頼性が高い(走行距離はガソリンエンジンの約3倍以上といわれています)
  • 高トルク化が可能
  • 安全性が高い(燃料の軽油は引火点が高いため、火災につながる可能性が低い)
デメリット
  • 騒音と振動が大きい
  • 頑強に設計されているため、エンジンが重い
  • NOxやPMの排出が多い
  • エンジン出力が低い
  • 高耐久性などのため価格が高い

メリットである「燃費が良い、CO2が少ない」というのも、ガソリン車と比較したものですが、商用車は1日の走行距離が比べものにならないくらい走り、しかも積載量もまったく違う。つまり低燃費を実現するというのが大きな課題の一つです。一時期のガソリン高騰の時期もあったせいか、お客様からはランニングコストに対する燃費向上の声をたくさんいただいています。もう一つはNOxやPMの排出をいかに抑えるか。この2点が商用車であるダイナ/トヨエースの大きな環境対応の課題といえます。

-では最初の課題である「燃費向上」の取り組みについて教えてください。

今回のモデルチェンジでは、システムを一新したハイブリッド(HV)システムの進化が大きなポイントです。モデルチェンジ前までのHVシステムは、モーターがエンジンをアシストするシステムでしたが、新型はプリウスなどと同様、「モーター発進」ができ、減速時の回生効率も大幅に高まった新たなシステムに一新されました。
HVのエンジンは、燃焼効率に優れ燃費性能に寄与するアトキンソンサイクルの専用エンジンを採用しています。アトキンソンサイクルは、圧縮比よりも膨張比を大きくして熱効率を改善して燃費を向上する内燃機関のことで、プリウスなどのHVシステムにも採用されています。エンジンとモーター兼発電機の間にクラッチを介することで、モーターでの発進が可能となり、燃費は2t積車で従来比約11%アップの12.2km/L、3t積車では従来比約14%アップの11.6 km/Lを実現しました。もちろん商用車の場合、重量や積載状況などの各種条件によって実燃費は大きく左右されますが、平均車速が低いほど、HVによる燃費低減効果が実感いただけると思います。おおよそですがディーゼル車と比較して最大50%の実燃費効果を期待していただけるのではないでしょうか。

ハイブリッドとディーゼルの実燃費差イメージ(社内測定値)
ハイブリッドとディーゼルの実燃費差イメージ(社内測定値)
どんな条件でもディーゼルよりHVの方が実燃費がよくなるわけではありません。

ディーゼルHVは優れたコストメリットもポイント

-実燃費という点でHVシステムに優位性があるのはわかりましたが、車両価格そのものは割高ではないのでしょうか。

価格的にはディーゼル車のおよそ70万円アップだと考えてください。これは従来のHV車とディーゼル車の価格差よりも少なくなっています。
他社のディーゼルHVを搭載した商用車のその多くが、リチウムイオンバッテリーを搭載しています。しかし、リチウムイオンバッテリーは小型・軽量ながら高コストという課題を抱えています。一方、ダイナ/トヨエースのディーゼルHVは、ニッケル水素バッテリーを採用しています。たくさんのお客様に支持をいただいているプリウスの影響もあり、トヨタのHVに採用するニッケル水素バッテリーは、コストを抑えることができます。
もちろんディーゼル車と比較しても、減税のメリットもありますし、国や金融機関による低利融資のメリットも受けられる場合があるので、販売価格が高くてもトータルで見ればコストを低減できると思いますよ。

二律背反する環境性能の実現は低燃費との全体バランスが大切

-もう一つの課題「排出ガス」の取り組みについて教えてください。

ディーゼルエンジンの排出ガスに含まれる有害物質には、CO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、NOx、PMなどがあげられます。このうちCOとHCは、酸化触媒を採用することで無害化することができるようになってきました。そのため、近年では主な浄化対象物質はNOxとPMに絞られています。しかし、この2物質は、NOxを低減させるとPMが増加し、PMを低減させるとNOxが増加するというように、二律背反(トレードオフ)の関係にあります。しかもNOxを低減させると燃費が悪化するという傾向まで持っているため、常にこれがディーゼルエンジンの大きな課題なのです。
排出ガス規制では、どちらを優先するかは各国の環境保全の事情により違ってきますが、欧米に比べ日本ではNOxに厳しいものでした。ところが近年、自動車NOxやPM法、それに首都圏条例など、PM低減への関心が急速に高まり、これを受けて「平成22年排出ガス基準」と呼ばれる規制ではNOx、PMの規制値比は欧米とほぼ同一となり、車両総重量3.5tを超える重量車は、NOxの排出量が平成17年の新長期規制の65%減、PMについては同63%減となりました。

日米欧の最新のディーゼル乗用車の排出ガス規制値(テールパイプ・エミッション)の比較
日米欧の最新のディーゼル乗用車の排出ガス規制値(テールパイプ・エミッション)の比較
出典:JAMA

この厳しい規制をクリアするため、ダイナ/トヨエースでは、高圧コモンレール式燃料噴射システムやPMを除去する高性能触媒のDPRを一新して排出ガスの一層のクリーン化を実現しました。もう少し詳しくお話すると、入ってくる空気をターボの効率をうまく使ってたくさん入れられるようにしたことが一つ。燃料噴射圧を上げて燃料を的確に噴くようにしたことが一つ。EGRと呼ばれる再循環排気ガスの冷却性を上げるEGRクーラーの大型化が一つ。DPRシステムではPMをいかにうまく燃焼させるかに注力し、今まで燃料を気筒内に噴いていたものを、DPRの前にある排気管に噴いてあげることで、より確実にしっかり燃やすようにした、という4点になります。ガソリンエンジンは、一つ一つの環境負荷の要因を低減する対策が取れるのですが、ディーゼルエンジンは二律背反する条件をどのようにクリアしていくかが、これまでも、そしてこれからも大きな課題であり続けるのだと思います。

コモンレール式熱噴射システム、高性能触媒DPR、クールEGR(排出ガス再循環)システム

商用車のドライバーの裾野の広がりに対応し燃費のバラツキを防ぐAT車を設定、ソフト面の対策「エコドライブ」とともに実燃費向上へ

エコランプとマルチインフォメーションディスプレイ
エコランプとマルチインフォメーションディスプレイ

-低燃費と環境負荷低減の取り組み以外に環境に貢献する工夫やシステムはありますか。

2つあります。一つは、実燃費を高めるためのエコドライブを是非やっていただきたいということです。ダイナ/トヨエースのメーター内には、エコランプが採用されており、環境に配慮した走行状態にある時、ランプが点灯しエコドライブの目安となります。エコランプの点灯時間が長ければ長いほど燃費は良くなります。HVならではのエコランテクニックとして、発進時はアクセルをふんわり踏んでスタートし、できるだけゆっくり速度を上げていくように心がけてみてください。それに減速時は回生ブレーキをできるだけ有効に使っていただくと同時に、停止を見越して早めにアクセルオフし、長い距離でゆっくり減速してみてください。バッテリーの充電効果が高まります。エコドライブを心がけた運転をしていただけると、結構実燃費が上がったというのが実感いただけると思います。

エコランプとマルチインフォメーションディスプレイ
エコランプとマルチインフォメーションディスプレイ
5速AMT
5速AMT

もう一つは、イージー操作の5速AMTを搭載したということです。これまではマニュアルシフトしか設定されていなかったのですが、こうした商用車を運転する方の中には、プロのドライバーだけでなく、アルバイトの方、特に女性が増えているという点があります。宅急便でも女性ドライバーが商用車を運転しているのを見かけることがあるのではないでしょうか。
つまり、こうしたアルバイトの方や女性ドライバーは、これまでオートマ車しか運転したことがない方が多いということです。こうした方たちが、サイズも大きくマニュアルシフトのクルマを燃費まで考えて運転するのは難しい。ご存じない方も多いと思いますが、トラックは普段セカンド(2nd)発進するのです。慣れるまでこうしたクルマは結構扱いが難しい。ということは、クルマ側でできるだけそうした負担を軽減するシステムを盛り込まなければいけないという背景から、HV車には全車、アクセル、ブレーキの2ペダル操作でイージードライブができる専用の5速AMTを採用しました。マニュアルの変速操作やクラッチ操作が必要ないので、最近の若い女性に多いAT限定免許の方でも乗っていただけます。また、AMTによりドライバーによる運転操作のバラツキを防ぐことができるので、実燃費向上に貢献すると思います。
今回HV車の設定数も大幅に拡大したので、用途により使われ方が異なる商用車のお客様にも、「HV車を選ぶ」という選択肢が大きく広がったと思います。

5速AMT
5速AMT
HV車の設定数
  従来型 新型
標準キャブ 13車型 35車型
ワイドキャブ 5車型 20車型

商用車はクルマの基本を理解する原点のような存在
基本を新しい視点で取り組む機会を与えてくれた商用車に感謝しています

-低燃費と環境負荷低減の取り組み以外に環境に貢献する工夫やシステムはありますか。

私はこのクルマを担当する前は、高級セダンの開発責任者をやっていました。2010年から商用車の担当になり、異動した当時は、戸惑いを感じました。でもこうした働くクルマを担当してわかったことは、「クルマの原点を考えることの重要さ」の再認識です。それは人と物を運ぶというクルマの原点をストレートに考えさせてくれること、そして、それはお使いになるお客様のことを知らないと絶対にできないということです。
戦後、日本の小型トラックはオート三輪が主流で、それに対抗するために開発された廉価な四輪小型トラックがダイナ/トヨエースです。小口物流のトラック市場をオート三輪から四輪トラックへ転換させるきっかけとなった画期的な1台なのです。高度経済成長期には、トヨタの屋台骨を支える1台でもあったのです。そんな歴史を振り返ると、こうした働くクルマたちが今のトヨタを創り上げた立役者であったこと、お使いいただいているお客様の声がいたるところに反映されているのを実感します。
今、時代とともに、商用車も年々環境性能をパワーアップしてモデルを進化させています。最初にお話ししたように、技術のあらゆる先にある目標は、その多くが環境につながっているという考えは、こうした商用車を担当してますます強く感じます。基本を新しい視点で取り組む機会を与えてくれた商用車。これからも技術力を高めてさらに環境負荷を減らし、働くクルマとして丈夫で長持ちする、人に有益なクルマをお客様にお届けしたいと考えています。

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