70th SPECIAL MOVIE


HISTORY
歴代クラウンが切り拓いた「道」
国産乗用車の時代を
切り拓いた
まだ海外メーカーのノックダウン生産※が主流だった時代、
トヨタは多くの困難を乗り越えた末、
独自の純国産技術だけで、国産初の乗用車を完成させた。
それが初代クラウン。
やがて本格的に始動する、
日本のモータリゼーションの原点となった。
※部品を輸入し、国内で組み立てのみを行うこと
初代(1955)

「日本人の頭と腕」を誇りに、
ゼロから作り上げた初代クラウン。
「日本人の頭と腕で国産初の乗用車をつくり、人々の暮らしを豊かにする。」
始まりは、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎が抱いた、クルマづくりにかける情熱だった。
乗用車専用のシャシー、ダブルウィッシュボーン式フロントサスペンション、オートマチックトランスミッションなど、すべてにおいて本格的な乗用車としての完成度を備えていた。
1956年には、“ロンドン-東京5万キロドライブ”を敢行し、8ヶ月かけて完走。
さらに1958年にはアメリカへの輸出にも挑む。
革新と挑戦のDNA。そのルーツが、ここにある。

マイカーの時代に、
多彩な
ライフスタイルを提案した
1966(昭和41)年から1971(昭和46)年の5年間で
自動車の保有台数が約4倍となったこの時代、
クラウンは輸入車に引けを取らない存在感や性能、
個人ユースに応える新たなボディカラー、
人々をあっと驚かせるデザイン、
新たな最上級グレード“ロイヤルサルーン”の投入など、
多彩なライフスタイルにお応えする
新しい価値感を提案していった。
2代目(1962)

より伸びやかに。より美しく。
憧れの存在へ。
好景気の中、徐々に一般の人々もクルマに手が届き始めていたこの時代。
クラウンは米国車に遜色ないデザイン・性能へと進化し、高級車としての地位を明快に示した。
アメリカン・コンパクトを想わせる、全長4610mmの伸びやかで美しいフォルム。
高速安定性や静粛性でも、同クラスの外国車に匹敵する性能が追求されていた。
初代で一部グレードの室内にあしらわれていた王冠ロゴは、この2代目からクラウンを象徴するエンブレムとして、フロントグリルを飾ることになった。

3代目(1967)

幸せなハイライフの象徴になった
“白いクラウン”。
各地で高速道路が急ピッチで整備され始めたこの時期、ゆとりある高速長距離セダンを目指して開発。
また、これまでは公用車・タクシーニーズに向けた黒のボディカラーが中心だった中、増えつつあった個人ユースにいち早く応えるべく、白のボディカラーを設定。
「白いクラウン」を幸せなハイライフの象徴として打ち出し、クラウンのイメージを一新した。
米国で施行された自動車安全基準をいち早く取り入れ、日本初のペリメーターフレームも採用。
室内寸法確保に有利なこのフレーム構造は、その後20年以上にわたってクラウンに使われ続けた。

4代目(MS60系, 1971年)

通称は“くじら”。空力を意識した
スピンドルシェイプヘ。
破竹の経済成長を遂げて、世の中が“美しさ”や“豊かさ”を模索しはじめた時期であり、貿易自由化により輸入車と伍する車が求められていた。
こうした時代の中、クラウンもそれまでにない斬新なデザイン表現に挑んだ。
“スピンドルシェイプ(紡錘型)”と呼ばれる美しい丸みを帯びたスタイルや、ボディと一体化したカラードバンパーなどを採用。
走りでは空力を意識するだけでなく、新型2.6LエンジンやEFI(電子制御燃料噴射)を搭載し、個性ある高級サルーンヘと生まれ変わった。

5代目(MS80系, 1974年)

高級車の王道を極めた、
ロイヤルサルーン誕生。
オイルショックの混乱が続く中でも、クラウンは進化を止めなかった。
一般の人々にもマイカーが普及する中、新たに4ドアピラードハードトップを投入。
個人ユースに応える新たな価値を提示した。スタイリングは落ち着きと安定感が強調され、オーバードライブ付4速ATや車速感応パワーステアリングなど、高級車に相応しい装備を搭載。
さらに最上級グレードには初めて“ロイヤルサルーン”の名称が与えられ、これまで築いてきた高級オーナーカーとしての地位を一層強固にした。

豊かなカーライフを実現する
ために、
先進技術を追求した
好景気に沸く日本。
クラウンは世界をリードする新技術を積極的に投入し続け、
「いつかはクラウン」に象徴される
不動のステイタスを確立する。
バブル景気の只中には歴代最高の販売を記録し、
景気が終息した90年代も、電子制御サスペンションをはじめ
現代にもつながる数多くのスタンダードを創造。
クラウンを所有する喜びとともに、
クルマの快適性、安全性の進化をリードし続けた。
6代目(1979)

先進技術への挑戦を象徴する存在へ。
1970年代のオイルショックや排ガス規制を乗り越え、豊かな80年代へと向かう中、クラウンは進化を一気に加速させた。
クルーズコンピュータやエレクトロニックディスプレイメーター等のエレクトロニクス技術、新世代エンジン、トヨタ初のターボ等の新技術にチャレンジし、トヨタの技術力を象徴する存在となった。
デザインでは、先代で確立したクラウンらしさを継承しつつ、5ナンバー枠で大きく見せる造形を追求し、直線基調のスタイリングとセンターピラーが隠れるハードトップを採用。
スッキリとしたデザインがお客様の期待に応え、年間12万台を超えるヒット作となった。

7代目(1983)

人々の記憶に今も残る、“いつかは
クラウン”のステイタス。
おりしも日本経済は右肩上がりのバブル前夜、クラウンはさらなる進化を遂げた。
世界初の技術も含む11種類にものぼるエンジンバリエーション、日本初となる4輪ESC、マルチアジャスタブル・マイコンパワーシートやメモリー付チルト&テスコピックステアリングなど、数々の新技術やエレクトロニクス装備を積極的に採用した。
4ドアハードトップに採用された煌びやかな「クリスタルピラー」をはじめ、デザインも一段と高級感ある佇まいに。
「いつかはクラウン」のキャッチコピーとともに、人々が豊かさを求めていた時代の価値感に応え、大きな人気を集めた。

8代目(1987)

ハイテク時代の高級車へ。
先進と躍動のクラウン。
バブル景気が始まった1987年、輸入車が増加して目の肥えた本物志向のお客様の期待に応えるため、世界トップレベルの高級車を開発の狙いとした。
先代のデザインコンセプトをキープしつつ、輸入車にも負けないステイタスを演出する、3リッターエンジン専用ワイドボディのハードトップを用意。
技術面では電子制御エアサスペンション、エレクトロマルチビジョン、運転者用ハンズフリー電話などの最先端のハイテク、エレクトロニクス技術を意欲的に投入、1990年にはクラウン歴代最高の23万台の販売を記録した。

9代目(1991)

数多くの先進技術で、
クルマの未来への扉を開く。
90年代最初のクラウンは、バブル期から低迷期という混乱の時も信念を持って開発を進め、若々しくウェッジシェイプの効いたボディヘ進化。
一方、輸入車と競合できるサイズ、デザインを持つ「マジェスタ」が新たにラインアップに加わった。
マジェスタはフルフレーム構造からモノコック構造に変わったほか、電子制御4WD・電子制御エアサスペンション・4輪ABS・電子制御AT等、電子制御を統合して運動性能や安全性能を高めるなど、以降のクルマにつながる機能をいち早く採用した。

新世紀目前。
人に、環境にやさしい、
新たな価値を示した
第2次交通戦争とも呼ばれ、
交通安全の必要性が叫ばれた平成初期。
また、1997年に京都で開催された
気候変動枠組条約第3回締約会議(COP3)では、
温室効果ガス削減を定めた京都議定書を採択。
社会が成熟し、環境や交通安全への意識が高まる中、
クラウンは環境性能、安全性能をリードすることで、
新たな価値を示した。
10代目(1995)

環境と安全の新技術を
ふんだんに搭載。
人々が新しい価値観を模索していた時代、時代が求めるクラウンに変革できるかが問われていた。
クルマの安定性を高めるVSCなどの安全機能や、環境に寄与する新技術を惜しみなく搭載。
ロイヤルシリーズはマジェスタとプラットフォームを共用するモノコックボディを採用して大幅に軽量化。
可変吸気バルブシステムを採用したエンジンと合わせて、大幅な低燃費化も実現すると共に、剛性を高め安全性も高めた。

11代目(1999)

クラウン初の
ハイブリッド技術も採用。
高級セダンとしての地位を確立しながらも決して甘んじない“攻め”の姿勢を取り続けるクラウンは、従来からの快適性を重視したロイヤルシリーズに加え、多彩なライフスタイルに応えるワゴンタイプのエステート、さらには21世紀に向けて伝統に束縛されない新たな高級車の姿を模索し、走りの喜びを高めた「アスリート」を投入した。
数々の新技術も採用。直噴ガソリンエンジン、マイルドハイブリッドといった環境技術や、世界トップレベルの衝突安全性能を実現するため、衝撃吸収ボディ&高強度キャビンの「GOA」を採用するなど、時代を先取りする技術が盛り込まれた。

クルマの原点へ。
FUN TO DRIVEを提示した
21世紀となり、世の中にもさまざまな変革が求められた時代。
クラウンは「上質さ」という本質はそのままに、
クルマの原点にある、FUN TO DRIVEという価値に立ち返った。
数々の先進技術の採用によって安全性能を高めながら、
新たなデザインや走行性能を
進化させるメカニズムを積極的に採用。
走る楽しみと安全性能は、
新世紀を迎えたクラウンの新たな魅力となっていった。
12代目(2003)

ゼロから刷新された走り。
安全性能も新たなステージへ。
「静から躍動への変革」を念頭に、内外装デザインだけでなく、メカニズムも大幅に変更。プラットフォーム、サスペンションをはじめエンジンも新開発V型6気筒に刷新するなど、クルマづくりの原点に立ち返った。
その結果、走りの良い輸入車を選んでいたユーザーが乗り換えるなど「走りのクラウン」のイメージを得ることに成功した。
また安全技術にも力を入れ、自動で進行方向にヘッドランプを照射するインテリジェントAFSや、夜間に歩行者を検知して運転を支援するナイトビジョンという先進的な技術で、事故を未然に防ぐ予防安全性能を次のステージに引き上げた。

13代目(2008)

優れた環境・安全性能と、
さらに深化した「走り」の楽しさ。
大きな変革を行った先代の12代目に引き続き、デザインは走りのクラウンを継承。
基本性能を引き出す基盤となる電子プラットフォームを一新するとともに、優れた走行性能と環境性能をかなえる本格的なFRハイブリッドシステムも採用。
4.5L車クラスの動力性能と2.0L車クラスの低燃費を両立し、クラウンの新たな価値を提示した。
さらに、VDIM※の標準装備化、NAVI協調機能付き減衰力制御サスペンションなどの先進安全技術も積極的に採用した。
※統合電子制御システム:予防安全のため走行限界前からブレーキ/エンジン/ステアリングを制御

より大胆に、未来を見つめて。
革新への意志を示した
世界的な経済危機、東日本を襲った甚大な震災。
かつてない逆境の中、2009年から社長に就任していた
豊田章男は「もっといいクルマをつくろうよ」を
合い言葉に変革を進めていった。
「日本に元気な笑顔を取り戻したい」という
願い込めて“ReBORN”を図った14代目。
初代コネクティッドカーとして、人とクルマ、
そして社会との全く新しい関係を提示した15代目。
常に革新の先頭に立っていたのがクラウンだった。
14代目(2012)

さらに大胆に。
キーワードは“ReBORN”。
開発で掲げられたのは、豊田章男社長(当時)の言葉である“もっといいクルマづくり”。
クラウンは革新への挑戦をテーマに、個性と躍動感に満ちたフロントマスク、ピンクのボディカラーなど、従来のイメージを塗り替えるモデルチェンジを行った。
また、インテリアも包む、重なる、表裏など、日本の伝統的なテーマを取り入れながら大画面ディスプレイを組み込むなど、伝統と革新を融合させたデザインとなった。

15代目(2018)

“未来とつながるか。
CROWN BEYOND”
クラウンはアスリート寄りに1本化され、従来の太いCピラーを持つセダンスタイルから、ファストバック風の軽快な6ライトスタイルにするなど、過去のデザインからの脱却を図った。
デザインと合わせ、走りのクラウン実現のため、新設計のTNGAプラットフォームやTNGAエンジンを採用し、ニュルブルクリンクでの走行評価を行うなど、基本的な走行性能を大きく進化させ、過去最もスポーティーなクラウンとなった。
またインターネットに常時接続されることで、最新の地図情報が入手でき、オペレーターと接続しての情報提供など、トヨタ初のコネクティッドカーとなった。

4つのクラウン、
世界へ。
クラウンブランド
新章の幕開け
人々のライフスタイルや
価値観が多様化する現代。
クラウンは初代から受け継がれし
「革新と挑戦」のDNAで、
今までにない進化の道を選んだ。
16代目(2022年-)

DISCOVER YOUR CROWN.
ミニバン、SUV隆盛の時代において、今の時代に合ったクラウンを作るため
「クラウンとは何か」を見つめ直し、「革新と挑戦」のスピリットの基、
お客様の事を真剣に考え、新しいクラウンの開発に取り組んだ。
ライフスタイルやライフステージなどお客様の価値観が多様化する中、
ボディの形や駆動方式の固定観念にとらわれず、セダンだけでなくSUVやクロスオーバー等、
4つのボディータイプのクラウン群に生まれ変わった。
また、長らく国内専用だったクラウンだが、世界中のお客様に愛されることを目指し、
約40の国と地域に輸出されるグローバル商品として販売。
これからも、クラウンは新たな道を切り拓き続けていく。




CROWN × LIFE STYLE
今クラウンが考えるライフスタイルとは
LINK
CROWN最新情報

クラウンは今、4つのボディタイプを
用意することで、
お客様の多様な
価値観やライフスタイルに
お応えできるよう
進化いたしました。
初代から脈々と受け継がれし
「革新と挑戦」のDNAで、
ブランドの継承とクルマの進化を続け
これからも新たな道を切り拓き続けます。
初代~15代目クラウン撮影:三橋仁明 / N-RAK PHOTO AGENCY