車両の土台となるTNGA設計のGA-Kプラットフォームは、現行アルファード/ヴェルファイアの開発当初からPHEV化の検討が行われていた。車両フロアの部品レイアウトをHEVと比べると、場所をとるPHEVユニットの構成部品が燃料タンクの場所や排気管の取りまわしを変更しながらきれいに収まっている。
しかし、実際に量産車としてのさまざまな厳しい要件をすべて満たすのは、もちろんたやすいことではなかった。開発担当者は設計段階でだいたいの課題を予想していたが、なかでも苦心したのはPHEVバッテリーを床下搭載したシワ寄せへの対策だ。
「排気管のマフラーを、上げ底にした掘り込み(荷室の床下収納)の下に移設していますが、掘り込みはVブレースの着地点になっています。掘り込みを上げ底にすると着地点の剛性が落ちてしまいますが、Vブレースはボディのねじり剛性を高めるのに絶対欠かせません。打開策として着地点をエッジ形のPHEV専用構造とし、HEVと同等以上の剛性を確保しました」(トヨタ自動車 製品企画 牧村 登美彦さん)
もっとも大変だったのは衝突安全性。ボディはGA-Kプラットフォーム採用でサイドの剛性も大幅に向上しているが、PHEV化では別の問題があった。
「スライドドアのロアアームというミニバン特有の部品が、横から衝突を受けたときPHEVバッテリーに危害を加えるおそれがあります。PHEVはバッテリーが床下にあるため、スライドドアロアアームと高さが同じなんです。この対策としては、ボディのクロスメンバーをリンフォースで補強し、耐力をHEVの約1.5倍に高めることで衝突時の変形量を抑えました」(同)
バッテリーの低配置にも心を砕いたが、それは“攻め”の開発にこだわったからだ。
「PHEVバッテリーを載せると車重はだいぶ重くなります。加えて重心が高いと、運動性能が悪化してしまいます。その素性をよくするために、バッテリーの低配置化は必須だと思いました。単に床下配置というだけでなく、この車両で許される限界ギリギリ、基本的にはサイドのロッカー下端まで搭載位置を下げました」(同)
その結果、当初の予想を大幅に上まわるHEV比35㎜もの低重心化を実現。これが乗り心地と操縦安定性の向上に大きく貢献することになった。また、PHEVの補機類は前席下に配置。重量物を車両の重心近くに配置することで、これも運動性能を左右する優れた慣性諸元につながっているのだ。
シャシーのセッティングでは、この低重心化のメリットが最大限に生かされている。
「クルマの重量が重くなっていますが、リヤのバネレートを上げつつ、低重心化のメリットを生かしてアブソーバーのチューニングを実施することで フラット感や質感の高い乗り心地を実現できていると思います」(トヨタ車体 車両実験部 性能統括室 車両性能グループ 橋本 和幸さん)
サスペンションのセッティングは非常に奥が深いが、基本はシンプルだ。バネレートは車重と狙いの共振周波数で、ショックアブソーバーの減衰力はボディの動きをどのように味付けしたいかで決まる。
「PHEVではHEVに対してショックアブソーバーの伸び側の減衰力を少し下げることができました。クルマは重心が高いとロールしやすく、そのロールを抑えるためにアブソーバーの減衰を上げます。今回は重心が下がってロールが減ったため、減衰を抑えることができました。路面からの入力も和らぐようなかたちを作ることができたのは、PHEVの乗り心地の観点で言うと一番効果があったところです。重心を35㎜下げることができたのは、かなり大きかったですね」(同)
車重の増加は燃費の悪化にもつながるが、アルファード/ヴェルファイアのPHEVはむしろHEVより若干向上している。理由の一つは優れた空力性能だ。
「今回、Cd値改善にもっとも貢献しているのが、バンパー後端の部分です。アンダーカバーはもともとここに移設したキャニスター(気化するガソリンを活性炭に吸着させて大気中への放出を防ぐ)の保護目的でしたが、今回は空力にも使おうと。隣のマフラーも風の流れを考えた断面形状になっています」(同)
もちろん、走りの味付けにもこだわった。
「動力性能はHEVより電池がリッチになったので、電池をうまく使いながらアクセル開度に対して加速感を少し上げる設定をしています。PHEVとHEVで同じアクセル開度なら、PHEVのほうがより気持ちよく走れるところを目指しました。システム出力としても、前後モーターはHEVと共通ですが、バッテリーが大きくなった分モーターの性能をしっかり使えるようになり、システム出力はHEVの184kWから225kWにパワーアップしています。車重が重くなっていますが、重さを感じさせない走りとなっています」(同)
トヨタには多くのショーファーカーラインアップがある。そして、アルファード/ヴェルファイアPHEVもまた同様の“ショーファーカー基準”で開発されている。
「国内3大都市圏のショーファーカーの平均的な使われ方をビッグデータで調べると、1日の走行距離は約60㎞。平均速度は30㎞/hくらいです。今回のPHEVではWLTCモードで73㎞のEV走行距離を実現しています。
また、大容量のリチウムイオンバッテリーは発火・発煙に対する信頼性が重要です。今回のPHEVは、要人のお客様にそうした心配をおかけしないように、実績のあるセンチュリーと同じ電池を選択しています」(トヨタ自動車 パワートレーン製品企画部 次世代プロジェクト企画G 益城 啓さん)
PHEVシステムはショーファーカーにふさわしい快適性の実現にも大きく貢献している。
「HEVよりもPHEVの方がバッテリーの力を利用してエンジン回転を下げる、ということを実施しています。THS(トヨタハイブリッドシステム)は、アクセルを踏み込むとエンジン回転を先に上げて燃費とパワーを両立させます。半面、エンジンノイズが目立つデメリットもありますが、PHEVはそれを解消することができます。エンジン回転数が抑えられて車内空間が静かになったことがご体感いただけると思います」(同)
その効果がもっともわかりやすいのは市街地でのシーンだ。
「特に静粛性において着目したのは市街地走行シーン。青信号に変わっての発進・加速や追い越し加速の走行シーンですね。バッテリーからの電力によってモーターアシストを行い、エンジン回転を下げる制御を入れると、車内音レベルが大きく低減しました。音のエネルギーとしては1/3に低減したことになります」(トヨタ車体 車両実験部 動的性能開発室 横田 雄士さん)
そして、バッテリーパワー活用で改善したエンジンノイズに対し、更に遮音材や吸音材で車内に伝えないようにする。
「HEVはインパネ内に高周波の吸音が得意な吸音材を設定しています。ただ、エンジンノイズは中周波の周波数特性も持っています。今回のプラグインハイブリッドでは中周波から高周波帯域で効果が得られる新しい吸音材を採用しました。採用範囲も拡大しています」(同)
ロードノイズ対策には、大型化したバッテリーの質量を有効活用することで、これまでのトヨタ開発のプラグインハイブリッドと同様に車室内への振動・ノイズの伝達量を低減。防音材の最適配置と相まって、EV走行時の静粛性も大幅に高めている。
加えて、ショーファーカーにふさわしい後席まわりの静粛性を実現するため、防音対策はスライドドアのサービスホール、さらにはシートベルトを内蔵するシート肩口の開口部から漏れるノイズにまで及んでいるのだ。
ショーファーカーとして求められる快適性は、ブレーキでも追求されている。アルファード/ヴェルファイアのPHEVでは、2つの新しいブレーキ制御も興味深い。
「ひとつは車両姿勢制御です。これはブレーキペダルを踏み込んでいく際の制御で、ブレーキの前後制動力配分をリア寄りにすることで車両のピッチ変化が低減し、乗員の快適性が向上します」(トヨタ自動車 MS制御開発部 瓜生 健吾さん)
ピッチ変化が減るとドライバーの運転操作感が変わってしまうことがあるため、そういったことにも注意を払いながら制動力配分を緻密につくり込んでいる。
「もうひとつはスムーズストップ制御です。これは減速度を抜いていく際の制御で、ドライバーのブレーキ操作が一定の(抜き操作をしない)場合でも、停止間際の制動力を調整します。これにより停止時のショックが低減し、乗員の快適性が向上します。」(同)
そして、このスムーズストップもドライバーの運転操作に合わせて制御。自分の運転技術でスムーズに止まれるドライバーには、余計なお節介をしない配慮も忘れていない。アルファード/ヴェルファイアPHEVは、ステアリングを握る人にとっても、すべてが快適なのだ。