見知った物事に意外な角度から焦点を当てることで、新たな気づきや驚きをもたらす。それがアートの価値のひとつだろう。では、そんなアートが日常の中にあったらどうだろう? 日常から生まれた非日常が、再び日常に帰ってくる。そこに生まれるのはギャップか調和か、それとも未知なる何かか。大阪に、アートとともに生きる町があるという。そこには疑問への答えが待っていることだろう。既成概念に囚われぬ個性をまとい、日常から非日常へ軽々と飛び越えるような車、ヴェルファイアに乗って、まるで導かれるように大阪を目指した。
大阪市の南部に、北加賀屋という町がある。
木津川沿いに建ち並ぶ工場や倉庫、少しくすんだような町並み、遠くに見える大阪都心のビル群。かつて造船で栄え、後に製造業で賑わったという、大阪ベイエリアによくある町だ。いや、よくある町“だった”が正しいだろう。
いま、この北加賀屋は、アートの町として世界中から注目を集めはじめている。アートの町とはどういうことか? 美術館が数多く存在するわけでも、歴史的な作品を所蔵しているわけでもない。町中の至る所にウォールアートやストリートアートがあるのだ。家の壁面に、工場の柵に、路地の一角に、生活に溶け込むように、アートが存在している――。
事前に調べたそんな情報だけで、胸が高鳴った。
唯一無二の個性を持つヴェルファイアに乗って北加賀屋へとハンドルを切る私は、独自の道を突き進む北加賀屋という町に、言いしれぬ親近感を覚えていた。ときには賛否両論の議論さえ巻き起こるストリートアートを、町を挙げて応援する。それは世界でも稀な、独創的な挑戦に思えたのだ。
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《b. friends on the wall》 作家:b.
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《b. friends on the wall》 作家:b.
北加賀屋に到着した私を『おおさか創造千島財団』の宇野好美さんが出迎えてくれた。宇野さんは町を歩きながら、まずこの町の歩みを教えてくれた。
はじまりは2004年。
この地区にある造船所跡を拠点として、30年にわたるアートプロジェクト「NAMURA ART MEETING '04-'34」が開催された。
その後、改装を経て『クリエイティブセンター大阪』となった造船所跡を拠点に、北加賀屋のアートを発信。2009年からは「北加賀屋クリエイティブ・ビレッジ(KCV)構想」として界隈に点在する空き家や倉庫をアーティストに貸し出す取り組みを展開。この構想は多くのアーティストたちの賛同を得て次第に大きな潮流となり、現代に至るまでさまざまな活動拠点やアート関連施設が生まれ続けている。
現地を歩きながら聞く宇野さんの話はわかりやすく、すんなりと頭に入ってきた。それ以上に、宇野さんが心底楽しそうに町のことを話すのが印象的だった。きっとこの町が大好きだから、この町の魅力を誰かに伝えるのがうれしくて仕方がないのだろう。
話しながら歩く間も、次々とアートが目に飛び込んでくる。
工場の壁面を飾るカラフルな壁画、家庭菜園の中に咲く金属製の花、道端の生け垣に生えるポップなオブジェ。どれも作品単体で見れば、目を奪う存在感なのだが、それがなんの違和感もなく町に溶け込んでいるように思えた。
当然だが町には住民がいる。昔からこの地に住み続けている人も多いという。その住民の方々も、アートの存在を自然に受け入れているように見えた。自転車に乗ったおじいさんの横に、世界的なポップアートがある。風に揺れる洗濯物の脇に、カラフルなウォールアートがある。そんな不思議な光景が、なんとも当たり前に存在している。
つまり北加賀屋は、町自体がアートなのだ。脈動し、生き続けるアート。その中に自分が立っていることに、感慨を覚えた。
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作家:umao
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高さ9.5mの巨大アート作品《ラバー・ダック》をデザインしたマンホール
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《Image Cemetery》 作家:ノガミカツキ
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作家:oakoak
Other Photos
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作家:umao
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高さ9.5mの巨大アート作品《ラバー・ダック》をデザインしたマンホール
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《Image Cemetery》 作家:ノガミカツキ
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作家:oakoak
次いで宇野さんが案内してくれたのは、『千鳥文化』という建物。
「かつて住んでいた船大工さんたちが、住みやすいようにどんどん増改築を繰り返した結果、このような形になりました。ツギハギのような外観が独特な、この町を象徴する建物のひとつです」
宇野さんにいわれて眺めてみると、たしかに不思議な外観だ。もちろん、現在は今の法律に則った形に補強されているが、外観はほぼ当時のままだという。それは不調和なコラージュのようでありながら、なぜかしっくりとまとまって見えた。この不調和こそが、この建物の最適解に思えたのだ。
おそらくそれは、生活の中から生まれたものだからだろう。材質や工法が異なっても、生活という根本が一貫していたからこそこの調和が生まれたのだ。そしてその感覚は、アートと下町の景色が調和する北加賀屋全体にも共通する。たしかにこの建物は、北加賀屋を象徴する建物だ。
「一度なくしてしまったらもう二度と作ることができない建物です」
宇野さんはそうも言った。
現在、『千鳥文化』の中にはカフェやギャラリー、ショップなどが入っている。そのひとつである『千鳥文化食堂』のスタッフ・江口琴理さんは、京都で仕事をしていたが、この北加賀屋に惚れ込んで移住してきたという。
この古い、歪な建物が起点となり、人の交流が生まれ、新たなことがはじまる。私はこの『千鳥文化』という建物から、大切なことを教えられたような気がした。
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千鳥文化
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千鳥文化内、アトリウム
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千鳥文化2F、金氏徹平「クリーミーな部屋プロジェクト」
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千鳥文化食堂
Other Photos
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千鳥文化
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千鳥文化内、アトリウム
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千鳥文化2F、金氏徹平「クリーミーな部屋プロジェクト」
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千鳥文化食堂
宇野さんと別れ、再びヴェルファイアに乗り込んだ私は、名残惜しさからもう少しこの町を走ってみることにした。手元には北加賀屋のアートとショップが記されたマップがある。その名も北加賀屋CHAOSマップ。毎年この地図をアップデートするのも、宇野さんの仕事のひとつだという。
地図を頼りに、町へと走り出す。
窓越しに見る北加賀屋は、歩いたときとは違った印象があった。
小さな宿泊所が並ぶ一角では住民が猫に餌をやっていた。入り組んだ路地で立ち話をする住民が道を譲ってくれた。私が会釈をすると手を上げて応えてくれた。潮風を受けて錆びた鉄骨さえ、この町ではアートに見えた。
我が道を突き進むヴェルファイアという車がこの町のオリジナリティと響き合い、私は傍観者ではなく、登場人物としてこの町を楽しめた気がする。
「人が生きて、暮らしている普通の町に、アートという非日常が隠れている。宝探しみたいでしょう?」
宇野さんのそんな言葉が蘇った。
たしかにアートは非日常であり、生きていく上での必需品ではない。しかし生活に溶け込み、調和することでアートはいっそう輝き、生活はいっそう豊かになる。そんなアートの在り方を提示することこそ、北加賀屋の独自性なのだろう。
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《it's the motions in the ocean...》制作風景 作家:Shlumper
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北加賀屋CHAOSマップ
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《Indigo defaces Mona》 作家:dotmasters
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作家:NAZE
Other Photos
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《it's the motions in the ocean...》制作風景 作家:Shlumper
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北加賀屋CHAOSマップ
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《Indigo defaces Mona》 作家:dotmasters
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作家:NAZE