ALPHARD

Gourmet

湖里庵

240年の伝統の、次の1日を未来に繋ぐ。
老舗の当主が大切に守る伝統への敬意と革新の決意。

240年の伝統の、次の1日を未来に繋ぐ。老舗の当主が大切に守る伝統への敬意と革新の決意。

伝統を守ることは、難しい。なにしろ時代は動き続けているのだ。ただ同じことを繰り返すだけでは、たちまち輝きを失ってしまう。しかし時代に迎合するだけでも、受け継がれる精神が消えてしまう。守るものと、変えること。そのバランスを見ながら舵を切ること、それこそが伝統を守るということなのだろう。日本一の湖・琵琶湖の湖岸に、240年続く鮒寿しの老舗があるという。その途方もない歴史にもきっと、深い物語が潜んでいるのだろう。初登場から20余年、トヨタの最高級ミニバンとしての価値を守り、「快適な移動の幸せ」を追求し進化し続けてきたアルファードに乗って、そんな店を目指した。

遠藤周作の晩年のエッセイ『万華鏡』の一節に“名をいえば誰でも御存知の大きな湖の奥”の描写がある。自身の幻想的な体験を綴ったそのエッセイの中で、湖岸の静けさの描写はどこか儚く、美しく、まるで白昼の幻のようにさえ感じられた。
そして同じ文内に、湖畔に佇む一軒の料亭が登場する。名は『湖里庵』。遠藤自らが名乗った“狐狸庵”の雅号と同じ音だ。

私はふと偉大な文豪が立ったその場所を、自らの目で見たくなった。『湖里庵』は、琵琶湖畔に実在する店だ。その地、その店を訪れると、果たしてどんな思いが去来するのだろう。私は淡い期待を胸に、アルファードで湖岸の道を辿る。

目指す高島市は“奥琵琶湖”の名の通り、関東から来ても、関西から来ても、琵琶湖を半周するような道のりだった。だが湖岸の道は変化に富み、目を楽しませてくれる。行けども続く大海の如き湖。その圧倒的な質量に感じ入っている間に、車は古い宿場町に入った。この道の先が目指す『湖里庵』だ。重厚な佇まいの店構えだった。私は店先に車を停め、厳かな気持ちでアルファードから降りる。

『湖里庵』は240年も続く鮒寿しの老舗『魚治』が手掛ける料亭だ。
だがその建物は、どこかモダンな雰囲気を漂わせる建築物だった。案内に立ってくれた女将に聞けば、2018年の台風により旧店舗が全壊し、2年以上の月日をかけて再建したのだという。

話しながら進む女将に付き従い、薄暗い廊下を辿る。そして女将が突き当たりの引き戸を開いた瞬間、私は息を飲んで立ち尽くした。

正面は建物幅一杯の窓越しに望む雄大な琵琶湖。ガラスは注視してもその存在に気づかぬほど磨き抜かれて、その先に広がる景色をそのまま切り取っている。それはまるで能舞台のような、静謐さと荘厳さが入り混じった眺めだった。

しばし景色に見惚れた後、カウンターに通される。
やってきた店主・左嵜謙祐氏が穏やかにこの地の物語を伝えてくれた。同じ琵琶湖でも場所により水質が異なること。この北部地域はとくに水深が深く、このあたりに棲む魚は透明感のある水の香りを纏うこと。湖魚は鮮度の低下が早く、交通が発達した現代でも、この地に来なければ本物は味わえないこと。洗練された話術から、左嵜氏のもてなしの心が伝わる。きっと彼は訪れた客に、おいしいという瞬間的な感動だけでなく、受け継がれる伝統とおもてなしの気持ちで実現する上質な体験の記憶を持ち帰ってほしいのだろう。

話の内容と窓外の景色がリンクする。ふと外に目を向けて、私はひとつの事実に気づく。カウンターが窓に対して、斜めに設えられているのだ。どの席に座って横を眺めても、隣客の肩ではなく湖が目に入る。細やかな工夫に改めて、この店の姿勢が垣間見えた。

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鮒寿しとは、琵琶湖で獲れるニゴロブナを塩漬けにし、炊いたご飯と重ねて漬けて自然発酵させた滋賀県の郷土料理。現在の寿司の源流たる存在で、現存する最古の寿司ともいわれている。

蔵に住み着いた菌が異なるため、鮒寿しの味は店ごとに異なること。『魚治』でも代々、当主と後継者以外は決して蔵に立ち入ることはできないこと。台風による壊滅的な被害のなか、その蔵だけは奇跡的に被害を免れたこと。
左嵜氏の口から語られる物語。

この『湖里庵』で楽しめるのは、そんな鮒寿しと琵琶湖の魚を軸にした懐石だという。一般的な鮒寿しが1年間熟成するのに対し、こちらでは2年以上熟成したものだけを使う。期待が最高潮に達した頃、懐石の準備が整った。

料理は予想を越える素晴らしさだった。
先付けは、新鮮な鮒の刺身に塩茹でした鮒の卵をまぶした鮒の子付き膾。「さっきまで泳いでいた」という琵琶湖の鮎は、炭焼で。美しい鰭の開き方は、鮮度と技術の賜物だろう。聞けば左嵜氏は名店『京都吉兆 嵐山本店』にて修業を積んだという。正統派日本料理の技術で琵琶湖の伝統を解釈した料理は、クリアで爽やかな味わいに満ちていた。

無論、鮒寿しの料理も圧巻だ。
唐墨餅に着想を得たという鮒寿し餅は、火を通すことでふくよかな広がりを持つ鮒寿しの味わいを引き立てた。そうかと思えば乳酸発酵の濃厚な香りに着目し、鮒寿しをチーズのように使用したパスタも登場する。伝統の枠を越え、鮒寿しの新たな境地を目指し進化したこの料理の濃厚でコクのある味わいに、私が抱いていた“癖のある珍味”という印象も見事に覆された。

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コースは鮒寿しの茶漬で幕を下ろした。
それはもっとも一般的かつ伝統的な鮒寿しの食べ方だという。その構成にも左嵜氏の思いが垣間見える。
琵琶湖を凝縮したようなコースは変化に富み、驚きが潜み、歴史を教え、左嵜氏の哲学を伝えた。その素晴らしい料理から私は、相反するふたつのことを感じとった。
ひとつは伝統と先人たちへの敬意、もうひとつはその伝統の枠を怖れることなく飛び越えていく決意。

食後、左嵜氏に尋ねてみると、変わらぬ穏やかな口調で、こんな言葉を伝えてくれた。

「240年という長さにばかり目が行きますが、それは1日1日の積み重ねでしかありません。だから伝統を未来に伝えていくためには、今の、現在の鮒寿しを考える必要があるのです」

そしてひとつのエピソードを教えてくれた。
それは左嵜氏27歳のとき、父から子へ代を譲る神聖な場面。その後、急逝してしまったという先代の大切な言葉。

「父から代を継いだとき、同時にひとつの言葉を伝えられました。それは『歯車になれ』という言葉でした。当時の私はその言葉に反感を覚えました」

“社会の歯車”のように、意志を尊重されないかのような響きに反感を持ったのだろう。だがそれから月日が流れ、左嵜氏の今の解釈は違う。

「人間が変わらなくても、環境は変わり続ける。同じ方向に進むためにだって、舵を切り続ける必要があるのです。歯車は回り続けなければ価値はありません。伝統は守りながら動き続ける歯車としてこの時代の鮒寿しを追求すれば、それが将来の伝統になるのでしょう」

『湖里庵』はオーベルジュとして、1日1組限定で宿泊もできるという。
帰り際、特別に宿の客室を見学させてもらった。その設えもまた、素晴らしかった。
和室の窓の向こうの琵琶湖を眺めながら想像する。
早朝の朝靄に包まれた景色、夕方の残照が青く照らす湖面。あるいは雪の舞う冬、湖岸道路の桜が切り取る華やかな春。日本一の湖だけは変らず、240年間、毎日、毎年動き続けてきたこの地の風景。
伝統と変化が織りなす美しさ、そこに長年息づくおもてなしの心。私はどこかこの地の息吹との親和性を感じるアルファードに乗ってこの地へ訪れる未来を、強く予感した。

Feature

  • ワンタッチシーソースイッチ[トヨタ初<sup>※1</sup>]

    ワンタッチシーソースイッチ[トヨタ初※1

    ドアストップした状態から簡単に開閉可能。
    シーソータイプの開閉スイッチをスライドドアアウトサイドハンドルに装備。半分開いてドアストップした状態から直感的に開く/閉じるの操作ができるようになりました。

    ※1. 2023年6月現在。

  • デュアルパワースライドドア(デュアルイージークローザー・挟み込み防止機能・ワンタッチシーソースイッチ付)<sup>※2</sup>

    デュアルパワースライドドア(デュアルイージークローザー・挟み込み防止機能・ワンタッチシーソースイッチ付)※2

    障子を開けるときの所作を織り込んだ、静かに心地よく開閉するパワースライドドア。
    高級車にふさわしいドアの開閉質感を求め、スライドドア開閉の一連動作すべての発音部を静粛化。さらに、障子を閉めた時の音の収束時間を定義して取り入れるなど、歯切れのよい澄み切った作動音を目指しました。

    ※2. 写真はユニバーサルステップ装着車。