PRIUS JOURNAL for New People

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Vol.1

小説家・羽田圭介 プリウスの 「走り」を語る

プリウスを題材に多彩な分野で活躍するアーチストと新たな表現を試みる連載企画。第一弾は、小説家・羽田圭介とのセッション。新型プリウスの進化した「走り」について、小説家ならではの視点で「ことば化」する。

内外の各自動車メーカーによる多種多様な車が走っている東京に、僕は住んでいる。最近よく、新型プリウスが目に留まるようになっていた。なんだあの、やけにホイールの大きな、ステルス戦闘機の如き面デザインの車は。そんなふうに感じていた矢先、新型プリウスの開発チームの方々にお話をうかがうという今回の仕事が入った。

場所は愛知県豊田市のトヨタ本社ということで、新幹線で名古屋駅へ向かった。そこに用意されていた新型プリウスを僕自身が運転し、トヨタ本社を目指す。
 地下駐車場から地上へ至るスロープを、モーター駆動で静かに、力強く上る。そして、名古屋市街で運転するのは初めてであることに気づいた。全く土地勘はなく、流儀もわからない。駅近くの交差点前、片側三車線の左車線で停車し、信号が青に切り替わった次の瞬間、中央車線にいた隣の車がプリウスの斜め前方へと急に割り込みながら、左折していった。手荒い歓迎を受けた形となり、急ブレーキの後、ただちにアクセルペダルを踏み直し、路上の流れに乗る。その後もいくつかの角を曲がり、高速道路に入り速い流れに乗り、まっすぐな道を進むだけとなった段階でようやく、気づいた。

初めての土地で、初めて乗る車での運転にもかかわらず、不安や緊張感におそわれてはいない。危険回避のためのブレーキとそれに伴う車の挙動は乗り手を不安がらせないものであったし、流れに乗るための加速もスムーズだった。

ると、初めての車選びのため、数十台もの車に試乗した6年前のことを思いだした。先代のプリウスには、そのとき乗った。ハイブリッドカーというエコロジーだけだった先入観と異なり、直線がかなり速いという印象だった。

新型プリウスは今までのシリーズと比べ、走りの楽しさを向上させたという評判を聞いていたので、てっきり、足回りをガチガチに固めているのかと想像していたが、そんなことはなかった。言うなれば、余計な挙動をしない、ということに尽きる。

普段僕はメインの足としてディーゼルのセダンに乗っており、サブとして五年前の型のハイブリッド・コンパクトカーを運転する。ディーゼル車はトルクがあるため高速域だとエンジンの回転数を低く抑えられて楽なのだが、速度が出すぎないように注意しなければならないし、市街地等の低速域だと、せっかく得られた慣性力をブレーキで減衰させるのに、もったいなさや億劫さを感じもする。

新型プリウスは、モーター駆動での走り出しは当然滑らかで速く、エンジン駆動に切り替わりある程度速度が出てからも、速度が出すぎるということはない。かといって非力な車のように高速道路で疲れるようなことも皆無で、アクセルペダルを踏んだぶんだけ素直に加速する。前の車との車間距離を測るセンサーと連動し回生ブレーキが的確に動くため、減速も快適なのであった。

トヨタ本社へ着き、開発に関わった3人の方よりお話をうかがった。
「先代と比べ新型は、空力を多少犠牲にしています。デザインを優先しました」

その話には一番驚かされた。歴代プリウスは、燃費性能ばかり追求された普通車のイメージがあるが、新型は格好良さのほうを重視された。それでも燃費性能は先代と変わらず据え置きだという。

ーターとエンジンの変速のシームレスな繋がりには苦労されたとのことだ。たしかに同じハイブリッドでも、5年前のコンパクトカーとはレベルが違う。

開発者の方々は「意のままに」という開発コンセプトを度々口にされた。操舵性をウリにするがあまり思ったより内側に曲がりすぎるだとか、エネルギーが出過ぎた割には狙っていた地点より手前で止まる、というような類の“意のままに”とは、方向性が違うらしかった。

つまりは、一時間ほどの運転で僕が感じたことの、答え合わせをしていただいた形となった。 「新型プリウスの、上品な方向性での“意のままに”感は、人々には伝わりづらくないですか? 車を比較し慣れている人や、一般的な人でも小一時間乗れば走りの上質さがわかると思うんですが、短時間の試乗だと、ドカンと加速して強力なブレーキで減速する大味な“意のままに”感の車のほうに魅力を感じちゃうと思うんですが……」

かつての試乗の日々を回想しながら僕は言った。それに対しお三方の反応としては、乗られた方々には、開発陣が狙った“意のままに感”はちゃんと伝わっているようなので、と、現状に満足されている様子であった。
 いや、まあ、それはそうなんでしょうけれど……。僕はそこに、日本的な謙虚さを感じた。良い車を作り出したのだから、全世界のハイブリッドカー市場をプリウスで席巻するくらいの貪欲さをみせてもいいのではないか。

たまたまだが取材日の前々日、深夜に車を出さなければならない用事があった。今住んでいる住居は閑静な住宅街にあるのだが、こういうときこそ静かな車が良いよな、と感じた。そういえば、企業の社長や士業の方の住居も多い近所で、音のやかましい車に乗っている人は全然いない。皆、近隣に迷惑をかけないようにしているのだろう。人生の楽しみは、車だけではなく、色々あるということだ。そんな人たちでも、快適に末長く運転を楽しめる車――その有力な候補の一つが新型プリウスであることは、間違いない。

写真左から羽田圭介氏/TC車両性能開発部 高山敏明/同 大和克行/TC製品企画ZF仁田野雅秀
文・羽田圭介

小説家。1985年生。2003年、「黒冷水」で第40回文藝賞受賞。2015年、「スクラップ・アンド・ビルド」で第153回芥川賞受賞。著書に『走ル』、『メタモルフォシス』、『成功者K』、『Phantom』、『滅私』等。