PRIUS JOURNAL for New People

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Vol.3

特別対談 ブランドを再定義する デザイン思考

既存のブランドを「再定義」し新たな価値を創造するためには?suzusanクリエイティブディレクター村瀬弘行氏とプリウス担当カーデザイナー廣川学による対談

「HYBRID REBORN」をコンセプトに、フルモデルチェンジを果たした5代目プリウス。「世界初の量産ハイブリッドカー」として誕生から四半世紀を経た現在、その魅力をあらためて再定義すべく、今回の意欲的な挑戦に臨んだ。一方、愛知県名古屋市の伝統工芸品「有松鳴海絞り」を現代的に再構築し、世界にその存在を知らしめたのが、ライフスタイルブランド「suzusan」だ。

プリウスと有松鳴海絞り。同じ愛知で生まれ育った伝統あるブランドの“REBORN”における通項を理解するうえで、欠かせないのが「デザイン」というキーワードである。それぞれのキーパーソンとなるデザイナーたちは、“伝統”を再定義するにあたり、どのように思考を巡らせたのか。ブランドを再定義するための方法論について、両者に語って頂いた。

「シンプル」の追求から生まれた新型プリウスの「一目惚れするデザイン」

廣川 村瀬さんは、海外でアートの勉強をされていたそうですね。その経験は、どのように「suzusan」に活かされているのでしょうか?

「suzusan」クリエイティブディレクター 村瀬弘行氏

村瀬 むしろ立ち上げ当初は、自分のアーティストとしての思考が、ブランド展開の妨げになっていたと思います。アーティストって、自分本位であることが認められる数少ない職業じゃないですか。ですから「suzusan」で初期に制作していたのは、今振り返れば、アーティストとして自分が求めるものを形にした“作品”に近いものだったんです。

 着ける人をイメージできていなかったことが原因だったのかなと。そこに気づいてからは、人に寄り添うデザインについて考えるようになりました。もちろん、今でもアーティストとしての作品性は大切にしていますが、そこは一種の聖域としつつ、まずは人に寄り添うデザインを追求するように心掛けています。

名古屋市有松発グローバルに展開するライフスタイルブランド「suzusan」

suzusanは、名古屋の有松・鳴海(なるみ)地区に400年以上前から受け継がれてきた有松鳴海絞りという伝統技術をルーツとしたファッション、ホームリビングを展開するライフスタイルブランド。
5代目にあたる村瀬弘行氏は、ドイツへ拠点に有松鳴海絞りを現代的な発想でアパレルに昇華させたブランド「suzusan」を設立。現在、suzusanの商品は世界23か国、120店舗以上で販売されている。ブランド設立当初より、企画はよりグローバルな地域を俯瞰できるドイツで、生産は絞りの産地である有松でおこなう体制をとっている。

廣川 私たちが手掛けるカーデザインも、客観性と主観性のバランス感覚が重要ですから、とても共感できるお話です。今回の新型プリウスは「一目惚れするデザイン」をテーマのひとつに設定しています。そのなかで特に気を付けたのは、センスの“押し売り”を絶対にしない、ということでした。

デザイン部グループ長 廣川学

村瀬 カッコいいと“思わせる”のではなく、カッコいいと“思ってもらえる”デザインを目指すということですね。今回の新型プリウスには、これまでの自動車にはない、スッキリとしたデザインという印象を受けました。

廣川 ありがとうございます。トヨタを含め、これまでの自動車のデザインって、機能面との兼ね合いもあり、どうしても複雑になりがちだったんですね。しかし、それが果たしてユーザーが今求めている自動車の姿なのだろうか……。今回のデザインにあたり開発メンバーとも議論を重ねました。そしてたどり着いたのが「シンプル」の追求でした。ノイズとなるかもしれないデザイン要素を極力排除し、ユーザーのライフスタイルに自然に溶け込むようなデザインを目指したんです。

suzusanの服が目指すのは、風景に溶け込む「風通しの良い」デザイン

村瀬 ライフスタイルに溶け込むシンプルなデザインを目指す、という点では「suzusan」のコンセプトも同様です。有松鳴海絞りを現代の暮らしに寄り添うものとして再構築するため、その点は特に重視しました。江戸時代から400年以上の歴史を持つ有松鳴海絞りは、200以上の技法が伝えられている、世界でも類をみない技術の結晶のような伝統工芸です。職人さんごとに、固有の技法を代々受け継いでいるわけですが、それだけに皆さん、自分の技術に対するプライドを持って仕事に臨まれているんです。

廣川 いわゆる職人気質ですね。

村瀬 もちろん、その技術の高さは尊敬すべきものですが、デザインの視点でみると、彼らのプライドが感じられる仕事に対して、ある種のトゥーマッチさを感じる場合もあって。

廣川 私たちが「ノイズ」と捉えた要素に近いのかもしれませんね。

村瀬 有松鳴海絞りの技法を取り入れながらも、その技術で人を驚かせるのではなく、視覚的にもなるべくストレスなく、自然に「今日もこれを着てみよう」と思ってもらえる服にすること。それが、「suzusan」が目指すデザインです。僕たちは、それを風景に溶け込む「風通しの良い」デザインと呼んでいます。新型プリウスのデザインにも「風通しの良さ」を感じました。「suzusan」の服が、ニューヨークのビル街からスイスの山奥まで、場所を問わず風景に溶け込むようなデザインを目指しているのと同様に、新型プリウスのデザインも、さまざまなシーンに溶け込んでいくのでしょうね。

「誰からも愛される」から、「愛する人に寄り添う」存在へ。

廣川 私たちの意図をご理解いただき、本当に嬉しいです。今回の新型プリウスのデザインは、ユーザーのライフスタイルに溶け込むことを意識しただけでなく、「人と自動車の未来」も視野に入れています。開発全体のキーコンセプトとして掲げた「HYBRID REBORN」ですが、この言葉は、プリウスの“伝統”を継承しながらも、次の世代にも愛される新たなハイブリッド車の姿を具現化するという、私たちの挑戦を表現したものでもあります。

村瀬 今回の新型プリウスに継承された“伝統”とは、どのようなものなのでしょう?

廣川 デザイン面で特に代表的といえるのは、二代目から採用している「モノフォルムシルエット」ですね。誰もが一目見て「プリウスだ」と認識できるアイコンとして、モノフォルムシルエットは絶対に継承すべきと考えました。

 とはいえ、“伝統”をそのまま継承したわけではありません。もっとも大きな変更点となるのが、全高を40mm下げたこと。よりスタイリッシュでスムースなシルエットになっています。全高を下げたのには、低重心にすることで走りの良さを引き出すという意図もあります。「一目惚れするデザイン」とともに「虜にさせる走り」も、新型プリウスが目指すテーマだからです。

村瀬 「虜にさせる走り」というキーワードは、僕がプリウスに対して抱いていたイメージにはなかったものですね。どちらかというと、プリウスには“大衆車”という印象がありました。

廣川 確かに、そういう印象をお持ちの方も多かったと思います。世界初の量産ハイブリッド車として、燃費や環境性能の高さで支持されたプリウスですが、より幅広いユーザーに愛される自動車として、たとえば荷物がたくさん積めるなど、ファミリー向けの機能を盛り込んでいった部分もありましたから。

 しかし、プリウスの登場から四半世紀を経て、今ではハイブリッド車が決して珍しい存在ではなくなっています。そうした状況下で「HYBRID REBORN」を実現させるためには、プリウスの魅力を再定義する必要があると考えました。

村瀬 そこから生まれたのが「虜にさせる走り」だったというわけですね。

廣川 燃費が良くて、荷物がたくさん積める自動車ということなら、トヨタだけでもカローラなど他の選択肢が複数あります。良い意味での棲み分けとして、そうしたニーズまでプリウスが担う必要はないと判断したわけです。

村瀬 トゥーマッチな要素を切り捨てたわけですね。

廣川 そのうえでプリウスの魅力を再定義した結果、「一目惚れするデザイン」に加え「虜にさせる走り」というコンセプトにたどり着きました。デザインと走りの良さを磨き上げることによって、誰からも愛されるプリウスではなく、プリウスだから愛したいと思っていただけるユーザーのための“愛車”にしたいと考えたのです。

 もちろん、それをプリウスならではの燃費や環境性能の高さを損なわず実現させるためには、デザイナーとエンジニアとの協力関係が欠かせませんでした。プリウスの“伝統”は、トヨタの技術力によって培われたものでもありますから。

これからのプロダクト・デザインに求められるのは、「WHAT」ではなく「WHY」の発想

村瀬 「suzusan」と有松鳴海絞りの関係性にも通じるものがありますね。僕たちが有松鳴海絞りを再定義する際に継承すべき要素と考えたのは、優れた技術を持つ職人さんたちの「手仕事」であることと、「有松という土地でつくられたもの」であることの2つでした。逆に言うと、それ以外の素材や用途といった要素は、すべて現代のシーンにマッチするものへと生まれ変わらせたわけです。

 スタッフによく話すことでもあるのですが、良いモノづくりには5つのエレメントが必要だと思っていて。まずは「技術」と「知識」。有松鳴海絞りの職人さんたちやトヨタの技術者の方々の強みとなる部分ですね。そこに、僕らのようなデザイナーが持つ「センス」や「経験」が加わることによって、はじめて良いモノづくりができるようになる。そして、完成したモノの魅力を最大限に引き出すためには、モノづくりにかかわる者たちの「情熱」というエレメントが欠かせないんだと。

廣川 魅力あるモノづくりのために「情熱」が必要ということも、非常に共感できます。実は私も、プリウスの「P」は、パッションの「P」なんだと、スタッフによく話していたんです。たくさんの人がかかわるプロジェクトなので、どうしても思い通りにいかないことがあるわけですよね。そこで、自分たちが追い求めるデザインを形にするために欠かせないのは、なによりも情熱ですから。

村瀬 さらに付け加えるなら、僕はこれからのモノづくりに必要とされるのは「WHY」だと思っています。これまでのプロダクトは、ファッションにせよ自動車にせよ、作り手主導で何をつくるかという「WHAT」を起点としていました。しかし、これだけモノが世の中にあふれかえっていて、ユーザーのニーズも多様化している時代に、もはや「WHAT」の発想は通用しません。大切なのは「何故つくるのか」ということ。これからの時代を担う人々のライフスタイルや、彼らが創造する未来を考え、そこに寄り添うモノづくりを目指すことこそ、これからのクリエイターの務めではないでしょうか。

廣川 まったく同感です。互いに、モノづくりの街として全国に知られる愛知を拠点とするクリエイターとして、その思いは常に大切にしたいですね。