お店が公園になる。
「JINS PARK前橋」の新しい店舗体験
ま
ず向かったのは、アイウエアブランド「JINS(ジンズ)」の施設。関越自動車道・駒寄スマートICを降りて10分ほど、ロードサイドに一際目立つ建物が見えてくる。「JINS
PARK前橋」と名付けられたこの施設は、建築家・永山祐子さんが手がけたことで知られる。
店内に入ると、中央の大階段が目を惹く。階段には親子で座り、絵本を読むための可愛らしいスペースが設けられ、上階にあがると、陽の光が大きく差し込むガラスのそばにカフェテーブルや屋外スペースもある。店舗でありながら自由な空間設計はインパクト大だ。
店内はアイウエアだけでなく、同社が運営するベーカリーカフェ「エブリパン」があり絶品のパンとコーヒーを楽しめる。
なんとパンは粉からこの場所でつくっているとのことで、焼きたてのパンのいい香りが漂う。この日も、パンを目当てに親子連れや、女子高生からおばあちゃんまで、老若男女が集まっていた。まさにPARK(公園)のよう。
店内でコーヒーを片手にアイウエアをチェックするのもOK。誰もが⾃由に使⽤できる屋外広場や、⼤階段(子どもは大喜びの空間に違いない)で、地元の仲間とおしゃべりに興じたり、ひとり読書を楽しんだりと思い思いの過ごし方ができる。著名な建築家の「ハコ」の中に、地元の暮らしにあったら嬉しい「機能」をうまく取り込むことで、「買う」以上の温かい体験を提供しているのだ。こんな施設が、自分の街にもあったらいいのに、と思わずため息がでる。
アート・ギャラリーの概念を変える「まえばしガレリア」
続 いて、市内中心部に新設された注目スポット「まえばしガレリア」へ。かつて映画館があった場所に建てられたギャラリー兼居住施設は、構想から5年の歳月をかけて完成に至った。「まえばしガレリア」が掲げるコンセプトは、「発見のある暮らし、創造が生まれる場所、前橋ラバーズが集う拠点。」こちらは建築家・平田晃久さんが手がけた。
雑多な商店街の中に突如現れるハイセンスな建物。建築物のアート性もユニークだが、意外なのは「まえばしガレリア」に漂う「日常」感だ。周辺は居酒屋などの飲食店が立ち並ぶ、前橋の繁華街。路線バスが往来し、決して「おしゃれな人だけが来る場所」ではない。だが、スタイリッシュな建物の1階には、全面ガラス張りの開放的なギャラリーがあり、だれもがフラッと中に入ってしまう包容力がある。
区画が整理され、文化施設と人々の生活空間は分断されているのが今までの都市開発だったように思う。だが、前橋が目指すまちの姿は、アートや食などの文化と、日常生活が共存している……。「まえばしガレリア」はその「共生」が垣間見える、象徴的な施設だった。
古き良き商店街に、デザインが息づく「前橋中央通り商店街」
続 いて、「まえばしガレリア」周辺のまちを散策。前橋市内は9つの商店街があり、まちの賑わいの中心となっている。
9つのうちの1つである「前橋中央通り商店街」では、見るからに歴史がありそうな老舗の商店の傍に、真新しい店が出現し、若い人々を中心に賑わいを生み出している。これらを仕掛けているのは「前橋デザインプロジェクト」という前橋市街地をデザインの力で活性化しようという官民連携のプロジェクトなのだそう。
「外観にレンガを使用する」という共通のデザインコードで設計された店舗群は、そのおしゃれな雰囲気から、近隣の若者がランチや食事に立ち寄り、人通りは平日の昼間でも少なくない。 中でもアメリカ・ポートランド発祥のハンドクラフトパスタレストラン「GRASSA」は建築家・中村竜治さんが手がけた。今では、ランチタイムとなれば行列ができる人気店だ。
世界で活躍する建築家たちが手がけた建物が、レトロな商店街に点在する。先ほどの「まえばしガレリア」と合わせ、建築好きやアート好きにとっては「わざわざ訪れる場所」となり、前橋市民にとっては「日常」。そのミックス具合は、肩に力が入りすぎずとても心地がいい。
地方の商店街といえばシャッター街化が大きな問題となっているのだが、前橋の商店街では「次に何ができるんだろう?」とワクワクさせてくれる。街づくりのコンセプトがきちんと人々の暮らしに馴染んでいるということなのだろう。
新・前橋のランドマーク「白井屋ホテル」
前 橋、1DAYドライブの終着点は、前橋で新たなランドマークである「白井屋ホテル」だ。商店街からほど近くにそのホテルはある。ホテルでありながら地域に広く開かれ、通りに面してカフェやベーカリーなどを併設することで、日常的に前橋市民が利用しやすくなっている。地元の人らしきご婦人が1人でお茶をしながらスタッフと談笑する姿を見かけ、微笑ましい気持ちになる。
ホテルに一歩入ると、4層吹き抜けの開放的な空間ラウンジが広がる。むき出しの梁や柱の合間を縫うようにパイプ状の照明が張りめぐらされている。これは照明でありながら、レアンドロ・エルリッヒの《Lighting Pipes》というインスタレーション作品。上階を見上げれば幻想的な光を放っている。この摩訶不思議な空間を見て、ついさまざまな角度でスマホのカメラを向けたくなる。時間をおって光の色が変わるのも面白い。(上階は宿泊客専用)
空間そのものもさることながら、そこかしこに国内外の著名なアーティストの作品・クリエイターの家具などが置かれている。複数のアーティストの作品たちが織りなす、いわばコラボ空間のような形になっており、クラクラするような著名アート作品に囲まれる。それでいて、植物がそこかしこに配置され、心地よさを損なわないデザインが素晴らしい。ここを手掛けたのは日本を代表する建築家・藤本壮介さんだ。
ホテルは、旧ホテルの既存の柱梁を全面に生かしたドラスティックなリノベーションが印象的な「ヘリテージタワー」と、かつて利根川の支流にあった土手の情景をイメージした新築の「グリーンタワー」の2棟からなる。
世界的に著名なアーティストであるジャスパー・モリソンやレアンドロ・エルリッヒが手がけた「コンセプトルーム」と呼ばれる客室をはじめ、すべての客室を著名アーティスト・前橋にゆかりのあるアーティストなどの作品が彩っている。どの部屋を選んでも、まるで美術館のなかに泊まるような、特別な宿泊体験が待っているのだ。世界中から多くの人が、この素晴らしい体験を目当てに前橋を訪れているのだという。
もともとこの場所には、江戸時代に創業し、旧宮内庁や森鷗外、乃木希典といった多くの芸術家や要人に愛された「白井屋旅館(しろいやりょかん)」があったのだそう。その名宿は1970年代後半にホテル仕様に建て直されたが、街の衰退とともに2008年に惜しまれながら廃業。2014年より、リノベーションの計画が動き出したのだという。
大胆なリノベーションやそのアート作品の錚々たるラインナップにより、世界中から建築好き・アート好きを呼び寄せている白井屋ホテルだが、カフェやオールデイダイニングでの地元の人々の交流する姿、部屋内に落とし込まれた前橋文化のエッセンス、群馬の食文化をベースに置いたレストランなどを通じて前橋の暮らしの温かさに触れることができるのが何よりの魅力だ。
室内、ラウンジ、パサージュ、外観…。さまざまなアーティストの作品がさまざまな場所に配置されており、どの場所から何を見るかで視界に広がる世界が変わる。館内をめぐっているとその計算され尽くしたクリイエティブな体験のバリエーションに驚く。このような場所は世界でもなかなか類を見ないのではないだろうか。旧来の価値観にとらわれないあり方のホテルは、現代アートに詳しくなくても、訪れる人をワクワクさせてくれる。
“暮らし”を一流デザインに組み込む、新時代のデザイン
見
て回ってきた場所はどこも「一流のデザイン」の話題が先行するが、実はそこに人々がきちんと呼吸できるよう、しっかりと“暮らし”を根付かせてデザインに組み込んでいる面白さがあった。
話題の施設や、大型の店舗をつくるだけでなく、きちんとそれが地域になじむように温かくデザインする……。その根本的な「エモーショナル・グッド」は、まさに新時代のデザインといえるだろう。
このようなユニークな施設の数々と、街にフィットするデザインにはどのような想いが込められているのだろうか。後編では、前橋市の街づくりのキーマンである株式会社ジンズ
ホールディングスの代表である田中仁さんに話を聞く。
JINS PARK前橋
所在地:
群馬県前橋市川原町1-21-0
営業時間:
JINS 10:00~19:00
エブリパン 10:00~18:00 土日祝日 9:00~18:00
※混雑状況やご来店時間によっては、視力測定の受付を終了していたり、商品のお渡しが翌日以降となる場合がございます。
まえばしガレリア
所在地:
群馬県前橋市千代田町5-9-1
前橋中央通り商店街
所在地:
群馬県前橋市千代田町2-11-14
白井屋ホテル
所在地:
群馬県前橋市本町2−2-15