開発責任者が語る環境への想い

MIRAI開発責任者 田中 義和 2015年4月取材

MIRAI開発責任者 田中 義和

地球温暖化や環境汚染、石油など化石燃料の枯渇が心配される中、クルマが100年後も、人々に役立ち、感動を与えられる存在であり続けるためには、エネルギーのあり方、クルマのありようが、今まで以上に大きく問われてきます。
そんな大きな課題にトヨタが出した答えが「水素を燃料に走るFCV(燃料電池自動車)」です。
高い効率、ガソリン車に匹敵する航続距離、短い充填時間、走行中の排出物は水のみ。まさに”究極のエコカー”と呼べる非常にポテンシャルの高い環境技術が盛り込まれています。
そんな、自動車の次の100年のために、水素エネルギー社会実現の先駆者となる世界初の量産FCV「MIRAI」が、2014年12月に発売開始となりました。すぐれた環境性能はもとより、そのこだわりは、一目でFCVとわかる未来感のあるデザイン、乗って楽しく、まるで氷の上を滑るような新しい感覚で走る異次元の走行フィール、ずっと乗っていたくなるようなクルマに仕上っています。
そんなこれまでにない新しい価値を提供できるクルマ「MIRAI」の設計・開発の責任者として現場の指揮を執り続けたのは、プリウスPHVの開発責任者も務めた製品企画本部チーフエンジニア 田中義和。トヨタエコカーの最先端の開発を続ける田中が、長いチャレンジともいえるFCV普及に想う持続可能な社会への貢献、そしてその一翼を担うMIRAIの環境性能を語ります。

FCV(Fuel Cell Vehicle)
MIRAI開発責任者 田中 義和
プロフィール (2015年4月取材)

MIRAI開発責任者 田中 義和

所属
製品企画本部 チーフエンジニア
略歴
1961年生まれ。京都大学工学部、同大学院を修了し、1987年トヨタ自動車入社。入社後、オートマチックトランスミッションのハード開発、制御開発を担当。1997年より初代Vitzの新型4AT開発、2000年よりFR用多段A/Tの開発を担当。2006年に製品企画部門へ異動し、プリウスPHVの開発を担当。2007年より開発責任者としてプロジェクトのとりまとめを担当。2012年1月より燃料電池車(FCV)の開発責任者となる。

エコカーは普及してこそ環境への貢献、その理念を貫くことこそ持続可能な社会へのカギ

2011年の東京モーターショーで展示されたコンセプトカー『FCV-R』
2011年の東京モーターショーで展示されたコンセプトカー『FCV-R』

-環境の世紀ともいわれる21世紀において、環境対応をどのように捉え、開発に取り組んでいますか。

私は2006年からプリウスPHVの開発に携わり、2012年よりMIRAIの開発責任者として今もプロジェクトを取りまとめています。
プリウスPHVの販売は2012年1月のことですが、当時は前年11月開催の東京モーターショーで展示され、いよいよこれから販売をはじめるということで非常に注目していただいていました。しかし、同モーターショーにはFCVも展示されており、プリウスPHVと同様、あるいはそれ以上の注目を浴びており、社内プレビューでもFCVが非常に人気がありました。そんな盛り上がりの中、私は「PHVによる環境貢献の後は、FCVがいずれ市場に投入され注目されるのだろう、開発部隊の皆さん頑張ってください!」と、正直他人事のように感じていました。

2011年の東京モーターショーで展示されたコンセプトカー『FCV-R』
2011年の東京モーターショーで展示されたコンセプトカー『FCV-R』

そんな私が2011年末にプリウスPHVのラインオフとともに、FCVの製品企画の責任者を任されることになるとは夢にも思いませんでした。でも、その時の私は、プリウスPHVのような人がなかなかやらない、というかやれない車種の開発を経験したこともあって、開発の大変さを知りつつも自分の中には普通のクルマの開発では満足できず、より新しいものの開発への渇望感がありました。

FCVの開発の歴史は20年以上前の1992年に遡ります。1996年にはRAV4ベースのFCEVが大阪で行われた電気自動車シンポジウムのパレードに参加し、2002年には世界に先駆けて日米で限定販売を開始。2008年には航続距離・氷点下始動性を大幅に向上させた「FCHV-adv」が開発されるなど、ようやく市場投入に向けた具体的な議論を交わせるようになりました。
以来、日米100台以上のFCVの200万km以上にのぼる走行実績から得られた知見を積み重ね、私が最後の市販化というバトンを受け取ったわけです。その時点では、市販車は乗用車でやるという大きな先行検討はあったものの、コンセプト、細部検討はまだない状態でした。

トヨタFCV開発の歴史
トヨタFCV開発の歴史

それからの3年間は本当に駆け足の毎日でした。
大きな開発を伴うFCVプロジェクトを正式に起ち上げるには、トヨタの業績も芳しくなく、スケジュールも差し込まれているような状況でした。その差し込まれていた日程を調整し、関係役員にも協力を仰ぎながら、結果的に2014年末の発売という日程を目指すことができました。現実問題、このスケジュールはすべてがハッピーストーリーだとうまくいくという日程で、途中何かあればすぐに断念せざるを得ないような状態で進んでいるような状況でした。実際、何度も危機はあったのですが、その都度首の皮一枚でやってこれたのは、開発に携わったメンバー一人ひとりが世界初の量産FCVを必ず市場に送り出すという強い意志があったからだと思います。

開発においては、まずはFCVのことを徹底的に勉強しました。そして3カ月半後にはクルマ全体のコンセプトを取りまとめ、その時に「次の100年に向けて ”H2 Pioneer for the next Century” 」という車両コンセプトのキーワードを打ち出しました。そこでは、「先進的なデザインでやりたい」「トヨタの持てる技術をすべて盛り込んで楽しいクルマにしたい」ということを強くアピールしました。それは、エコカーというのは環境にやさしいのは当然のことであり、プロダクトアウト的に環境性能だけを全面に押し出しても決して普及にはつながらないということです。
トヨタは、「エコカーは普及してこそ環境への貢献」の考え方のもと、エコカー普及を加速する戦略をとっています。しかし、どんなに環境性能が良いクルマが登場しても、広く社会に受け入れられなければ意味がありません。お客様が本当に欲しいと思っていただけるようなモノの商品化、そのためには、クルマの魅力を引き立てるカッコ良さ、乗って楽しい”Fun to Drive"なクルマであること、実用面の使い勝手や価格面、それに環境性能が備わっていなければなりません。正統派セダンとして開発されたのも、「燃料電池車だから」という言い訳をせずに、クルマ本来の魅力で幅広いユーザーに認めていただくことが目的で、「ああいうクルマに乗りたい」と思っていただくことが結果として普及につながっていくと考えています。

FCV普及に欠かせないインフラ整備は加速状況

福岡市 水素リーダー都市プロジェクトの水素製造施設
福岡市 水素リーダー都市プロジェクトの水素製造施設

-FCVの普及に欠かせないインフラの普及の状況について教えてください。

FCVは水素をエネルギー源とするため、水素ステーションの整備が欠かせません。そんな水素ステーションが今後整備されていくためには、「水素ステーションの数およびそのロケーション」「ステーションの技術開発」「規制の見直し」の3つの課題があります。
ステーションの数については2015年4月中旬時点で19カ所が稼働しており、76カ所が予算化されています。もちろん、インフラのさらなる整備が望まれますが、肝心のMIRAIは、新技術を多く搭載し、高い品質レベルで一台一台を丁寧に造り込みながら慎重に立ち上げていくため、生産台数は限られてしまっています。この場合、「どちらが先」という議論ではなく、FCVとインフラの普及は「花とミツバチ」のように互いに助け合う関係にあります。トヨタは自動車メーカーができることとして、まずFCVの販売を進め、インフラ事業者はこれによってビジネスがしやすい環境が整います。そういった意味で、現状の水素ステーションの整備状況は、半年前に比べるとはるかに加速している状況であり、これからも互いが必要な存在として相乗効果を発揮し、Win-Winの関係で助け合いながら水素社会をつくっていくことが望ましいと考えています。
ロケーションについては、単に水素充填のためだけでなく、クルマで人が集まるロケーションに設置されれば普及のスピードアップにつながります。
「ステーションの技術開発」と「規制の見直し」は密接な関係があり、現在もステーションの本格普及が速やかに行われるように、高圧ガス保安法を含む関連法案の見直しが積極的に進められているところです。

また、インフラという意味では燃料である「水素」そのものを汚泥から製造・供給する実証実験が始まっています。
そもそも、水素は水のような化合物として地球上のどこにでも存在するものの、水素単体ではほとんど存在しません。そのため、何らかの方法で水素をつくりださなければいけません。工業用水素のように石油や天然ガスなどの化石燃料を分解してつくる場合は、生産過程では多くのCO2を発生し、化石燃料への依存度も下げることができません。水から水素を取り出す場合も、大きな電気エネルギーが必要となり、コスト面の課題も残ります。その他にも、水素をつくりだす方法はありますが、それぞれに環境側面やコスト面の課題も多く、決して容易な道程ではありません。
そんな中、産学官民が一体となった実証事業「水素リーダー都市プロジェクト」は、技術検証を九州大学が、事業性の評価を豊田通商(株)が担当し、福岡市が場所とバイオ(メタン)ガスを提供し、都市部で多く排出される汚泥を有効活用する技術として2年後の実用化を狙っています。
このプロジェクトでは、汚泥から純度の高いピュア水素と二酸化炭素を取り出すことができ、前者をFCVの燃料用として水素ステーションへ、後者をハウス農園用に供給します。具体的な数値目標としては、下水処理の過程で発生するバイオガスから1日3,700立方メートルの水素を製造する計画で、これによって65台のFCVをフル充填することが可能となります。
こうした環境にやさしい新たな水素抽出手法は世界中でも検討されており、水素ステーションのインフラ網拡充とともに、水素燃料の製造方法に対する多様性という点でも注目を浴びています。

福岡市 水素リーダー都市プロジェクトの水素製造施設
福岡市 水素リーダー都市プロジェクトの水素製造施設

経験値で培った勘所を働かせた新技術の開発

燃料電池(FCスタック)

-では、MIRAIの開発において最も大変だったことは何ですか。

技術面ではやはり燃料電池の開発が最も大変でした。
そもそも燃料電池の技術というのは電気分解の逆をやっている非常にシンプルな技術で、家庭用の燃料電池も市販化されているほどです。しかし、大きな相違点は家庭用燃料電池のようなロッカーほどのサイズのものをクルマに積めるほどコンパクト化し、しかも高出力のパワーを発揮しなければいけません。さらに、その出力を上げ下げするという制御をしなければいけないので、実装技術はもとより、加工技術をはじめとする様々な技術のレベルアップが必要でした。
トヨタはクルマづくりの経験は豊富ですが、FCシステムはこれまでに経験の少ないケミカルな部分も多く、たとえば材料がほんの少し変わっただけで性能が変わるような現象もありました。このケースでは、材料メーカーからは同じ材料だと言われたのですが、ディティールにおいてはやはり違いが視られ、その原因をしっかり突き止め、対策を打ちましたが、こうした事例に何度も出くわしました。
ただこうした課題に対して、6年にわたるプリウスPHV開発での経験が生かされました。それは、新技術を商品化する上での勘所のようなものです。

たとえばこの課題については品質を最優先し、もしこの課題をクリアできなければ次のステップに進まない、といったことを自分のこだわりとして設計者や生産技術者、ユニットのスタッフにもきちんと説明し、時には激しく議論を重ねました。時間もなく、経験もないなか、皆が協力して叡智を出し合って課題をクリアしながら製品化につなげることができたのは、開発の苦労とともに大きな成果でもあったと思います。

燃料電池(FCスタック)

愚直に、地道に、そして徹底的に考え抜いた安全基準

-燃料に水素を使っているということで、お客様に安心して乗っていただくための取り組みについて教えてください。

水素に対していろいろと不安があるお客様へは、より安心して乗っていただくために、水素の燃焼特性や安全対策の考え方をしっかり説明し、ご理解いただくようにしています。
そんな安全対策の基準作りを一から取り組んだというのが非常に大変でした。
そもそも基準というのは自分たちが真剣に考えるしかなく、様々な分野のスタッフが何人も集まり、たとえば燃料電池やFCスタックを下に積んでいるので路面干渉についてはどこまでやらなければいけないかなど、常にお客様の立場になって、どこまでも愚直に、地道に、徹底的に考え抜きました。今回は初の市販化FCVということもあり、こうして様々な条件を考えに考え抜いて、議論を重ね、その適正品質を抑えながら、多少過剰とも思えるほどの基準作りに取り組みました。技術面で最も大変だったのが燃料電池の開発であったように、体制面で最も大変だったのが安全対策の基準づくりだったと言えます。

水素安全の基本的な考え方と安全対策
水素安全の基本的な考え方と安全対策

クルマのライフサイクル全体で考えるリサイクルの取り組み

-世界初の量産FCVとして、使用済み水素タンクなどのリサイクルの取り組みについて教えてください。

トヨタでは、クルマが生まれてから役目を終えるまでのライフサイクル全体でリサイクルを考え、資源循環を推進しています。
たとえば、初代プリウスは1997年12月に発売されましたが、翌1998年にはプリウスが使用済み自動車となる将来を見据えるとともに、資源の有効活用の観点から、使用済みバッテリーのリサイクルの推進を積極的に進め、全国規模の体系的なリサイクルシステムの構築を実施してきました。
MIRAIも市場に導入するに当たり、使用済みバッテリーや水素タンクなどの適正処理や再資源化が、安全かつ効率的に行えるよう自動車解体事業者向けに「適正処理関連マニュアル」を作成するなどして作業に当たれるよう体制を整えています。

FCV適正処理/回収・リサイクルマニュアルより抜粋
FCV適正処理/回収・リサイクルマニュアルより抜粋

モビリティの新しい幕開けを告げるクルマ、それがMIRAI

-MIRAIが切り開く未来、そして新しい水素社会をどのように考えますか。

クルマを取り巻く環境は、化石燃料の大量消費を背景に、燃料の多様化というものが重要な課題です。そうした背景のもと、ガソリンに代わる燃料である水素は、環境にやさしく、太陽光や風力、バイオ燃料、天然ガスなどさまざまな原料からつくることができ、しかも持続可能な社会を構築する上で非常に大きな可能性を秘めたエネルギーです。
トヨタは世界に先駆けたハイブリッド技術で、プリウスをはじめとするエコカーをグローバルに普及させ、地球環境への貢献に努めてきました。そして今、自動車の次の100年のためにFCV「MIRAI」を市場に投入し、その普及を目指しています。
1997年に初代プリウスが発売され、累計100万台になるまでに10年の歳月を要しています。これはインフラが整った状態でのことであり、専用インフラを必要とするFCVが普及するためには、10年、あるいは20年の歳月がかかるかもしれない、まさに長い長いチャレンジです。しかし、将来のためには、今はじめなければならないチャレンジです。
ただ、決してMIRAIを環境性能にすぐれたクルマとしてだけ訴求するつもりはありません。未来感溢れるスタイリング、氷の上を滑るように走るその感覚を体験していただければきっとこのクルマに興味を持っていただけると思います。そんな純粋に”クルマの魅力”で勝負したMIRAIとともに、お客様も将来へのチャレンジの第一歩をともに踏み出していただければ幸いです。

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