クルマづくり

トヨタが「タクシー専用デザイン」に込めた想い

昨年秋に発表されたトヨタの「ジャパンタクシー」。
ちょっとレトロな和風デザインに見えながらも、中身はハイテク。システム構築やAIを駆使して、渋滞を回避するような技も併せもちます。
あらゆるディテールに込められているのは、日本ならではの「おもてなしの心」。
1950年代から自社製のタクシー車を手がけてきたトヨタだからこそできたこと。新しいタクシー専用デザインの秘密を探ります。

新旧の建築が混在する日本の街並みに似合う、どこか愛嬌のある独創的なフォルムのジャパンタクシー。日本各都市の日常景観の一部となる日もそう遠くなさそうです。

22年ぶりのリニューアルとなった
ジャパンタクシー

2017年10月にデビューを果たした「トヨタ ジャパンタクシー(JPN TAXI)」。いつの間にか全国規模で台数を増やし、その愛着の持てる独特のフォルムも、見慣れたように感じる人が多いのではないでしょうか。

国内のタクシー車両で8割近いシェアを持つトヨタですが、実はタクシー車両のリニューアルは、驚いたことに22年ぶりのこと。前車種「クラウンコンフォート」および「クラウンセダン」は、2017年をもって生産終了を迎えました。いまなぜ車種を刷新したのでしょうか? また前車種とはどんな違いがあり、どんなニーズのもとに、どんなコンセプトでデザインされたのでしょうか? 開発担当者に話を聞きました。

「本当はもう少し早く変わるべきだったと思うんです。例えば安全性能や環境性能で見ても、なにしろ20年以上前につくられたクルマでしたから。とはいえ、バリアフリーなユニバーサルデザインを前面に打ち出し、社会インフラ、つまり公共交通機関として提供するタクシーですから、社外のさまざまな機関や企業、団体、さらには国土交通省までも相手に調整を進めていくうちに、思いのほか時間がかかったという実感がありますね」

そう語るのは、TC製品企画ZPチーフエンジニアの粥川 宏。次世代タクシーを考えるプロジェクトチーム「チーム力車(りきしゃ)」の一員として、企画・開発に携わった人物です。そもそも軽自動車からトラックまで、あらゆる車種をラインナップするトヨタにとって、タクシー事業はどんな位置付けにあるのでしょうか?

「トヨタ初の量産乗用車となったトヨダ・AA型乗用車は、日本に国産乗用車を普及させるという目標のもとに開発されましたが、まだクルマが高嶺の花だった時代、実際の購買層は個人ではなくタクシー会社だったのです。タクシーとしてタフに使っていただくなかで、結果として耐久性や信頼性を磨いてきたという創業の歴史、そしてそこからのフィードバックがいまのトヨタ車の礎になっていることを思うと、タクシー事業は我々にとって非常に重要であると言えるのです」

粥川 宏 Hiroshi Kayukawa
TC製品企画 ZP チーフエンジニア

1984年トヨタ自動車入社。入社よりボデー設計を担当し、初代セルシオ含む各モデルの外装等を手がける。2006年に製品企画に移り、開発責任者として「プリウスα」「シエンタ」の担当を経て、ジャパンタクシーの開発責任者に就任。

そうした背景もあり、新型タクシー開発は創業家の肝入りプロジェクトとして進められてきたようです。では実際、どんな与件が課せられてきたのでしょうか。

「欧米と比べ、実は日本は、バリアフリー化という点ではまだまだ遅れを取っているのです。カーデザインを考えるうえで前提条件として挙げられたのは、まず車椅子の方が無理なく乗り降りできるバリアフリーデザインであることでした。あとは、走っていても、タクシー待ちをしている人からパッと瞬時にタクシーと認知できること。内部には快適な室内空間が広がっていながら、サイズとしてはコンパクトであること。例えば駅や空港にずらりと並んだときも圧迫感や威圧感を感じさせず、街の風景の一部となるようなデザインであることが求められました」

次に話してくれたのは、デザイン部第2デザイン室長/CVデザイングループ主査を務める郷 武志。同じくプロジェクトチームで、デザインを担当した人物です。

1955年(昭和30年)に東京の都心部を走るタクシー達。先頭車(半分切れている)と3台目、4台目が全てトヨペット・クラウンRS型タクシー(1955年型)で、2台目はトヨペット・スーパーRHK型タクシー(1953年)

東京都内(と思われる)を走るトヨペット・クラウンRS型タクシー(1955年型)

※掲載の写真は「トヨタ博物館蔵」

「まもなく東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開かれますが、私たちは日本人のお客様だけでなく、海外からいらっしゃる方たちにも、タクシーのある日本の風景を好きになってもらいたかったんです。例えばニューヨークにはイエローキャブがあり、ロンドンにはブラックキャブがありますが、日本のタクシーは車種も色もバラバラでした。新幹線のように、『日本に行ったら乗ってみたい』と思ってもらえるような、もっとシンボリックなデザインを打ち出したいと思っていました」

形の話は後述するとして、郷がもうひとつこだわったのが色。日本を象徴する色を探し求めて辿り着いたのが、濃藍(こいあい)と名付けた深い藍色でした。

「歴史を振り返ると、藍色は飛鳥奈良時代から染物だけではなく、民間薬や食料などにも使用され、日本全土に普及した色なんです。江戸時代に入ると、庶民から武士まで階級を問わず、藍色の着物を着用しました。また浮世絵師の歌川広重が使う藍色は『広重ブルー』と呼ばれ、ゴッホやモネといった海外の画家たちにも影響を与えています。明治時代になって開国をしたときにやって来た外国人は、藍色を『ジャパンブルー』と呼びました。現代になっても、サッカー日本代表のユニフォームが『サムライブルー』と称されるなど、藍色は時代を超えて、日本の街の中、生活の中、文化の中に根付いています。さて、それをタクシーの色として考えたときに、日本ではもともと冠婚葬祭やビジネスシーンで使うことから、いわゆる『黒タク』としてのブラックがベーシックな色としてありました。一方、この濃藍という色は同等のフォーマル性をもちながら、黒ほどは威圧的でないという利点がありました。その一歩引いた印象が、日本のおもてなしの心にも合致するのではないのかと考えたのです。もうひとつ、メタリックカラーではなくソリッドカラーなので、実利的には万一車体を傷つけてしまった際にも補修がしやすいという利点もありました」

郷 武志 Takeshi Go
デザイン部第2デザイン室長/CVデザイングループ主査

1968年生まれ。1991年トヨタ自動車入社。先行開発などを経て、iQや現行ヴィッツの内装デザインおよび欧州向けヤリス・ハイブリットで外形デザインまとめ役を歴任。現行シエンタに引き続き、ジャパンタクシーではプロジェクトチーフデザイナーとして、企画から量産化までデザイン責任者を務めた。

日本の四季折々の風景にも馴染み、自然に溶け込む濃藍の車体。そのデザインは従来のセダンでもなく、流麗なスピードシェイプでもなく、親しみがあり、でもどこか品格のある印象的なシルエットとなりました。

「先述したように、タクシーは一般車よりもずっと長い間、モデルチェンジされることなく使われるものですから、流行り廃りのない普遍的なデザインを目指しました。そしていわゆるスピードシェイプではなくて、景観に馴染みやすい水平垂直基調のシルエットへと行き着きました」とは郷の弁。では、その内部にはどのような空間が広がるのでしょうか。

落ち着いたフォーマル感のある色調ながらも、日本らしい優しさを表現する濃藍(こいあい)色のボディが、今後は海外からの旅行者にとってのシンボリックな日本の風景になりそうです。

おもてなしの空間を体現した車内

「前車種のクラウンは、セダン型の乗用車からのタクシー転用であったことから、居室空間と荷室空間にさまざまな制限がありました。しかし新しいジャパンタクシーはタクシー専用車両として設計できたので、より機能性と快適性を追求することができました」

そう話してくれたのは粥川。ジャパンタクシーのデザインは、見た目からのアプローチと同様、中の空間からも形づくられているのです。

「まずは高齢者やお子様も含め、どんなお客様も乗り降りしやすいようにステップをどれだけ低くするか。乗車中は車椅子の方でも、背丈のある外国人の方でも、頭上のスペースに余裕を感じられるか。乗車するための間口は車椅子で乗る時にも十分な幅があるかなど、あらゆる空間的要求に高度なレベルで応えようと考えました。一方で、混雑した都会でスイスイと走り、あるいは停車するには、できるだけコンパクトなほうがいい。するとおのずと、ジャパンタクシーの形は丈が高くて幅が狭くて全長が短いという、一般車でいうとカッコ悪い要素をすべて集めたようなフォルムになったんです。でもそのカッコ悪さが、すなわちタクシーとしての快適さにつながると。スライドドアがすーっと開いた中に広がる空間が、おもてなしのシルエットの理由であるという、シンプルさを極めた相関関係が出来上がりました」

車いすのままフラットな姿勢で乗車が可能。

背丈のある外国人の方でも、余裕を感じられる頭上のスペース。

ディテールに関しては、郷がさらに言葉を重ねます。

「例えば乗り降りをサポートするグリップを、室内の各所に配置しています。ドアが開いて乗り込むときにはパッと目に飛び込んでくるのに、シートに座ると目線が変わって目に入らなくなる。これもひとつの、おもてなしのデザインです」

もうひとつ、郷が空間デザインにおいてこだわったのが、乗車スペースだけでなく運転席のスペース。一般乗用車と違い、タクシーにおいては「乗客、運転手、そしてタクシーを買ってくれるタクシー会社それぞれの視点から、三方良しのデザインを追求した」と語ってくれました。

「これまでなかった要素として、ジャパンタクシーでは客席と運転席を明解に分けてデザインしています。それぞれニーズが違うということもありますが、そうすることでドライバーとお客様の双方にとって良い関係が築けると考えたのです。ドライバーはドライバーとして、誇りをもってお客様のおもてなしに徹することができる。お客様はお客様として、よりリラックスできる。例えばシートの色も、運転席とお客様の席とで変えているんです。天井も、お客様の頭上では一段高くなっています。そうした空間として体感できるゾーニングがあって初めて、日本のクオリティの高いおもてなしが成立すると思っています」

乗り降りをサポートするアシストグリップ。

客席と運転席を明解に分けたデザイン。

社会に与えるインパクトに
注目した開発

乗客だけでなく、タクシー会社のニーズとメリットも鑑みた結果、ジャパンタクシーのパワートレインはノウハウのあるガソリン+モーターのハイブリッドではなく、タクシー業界で最も一般的なLPガス+モーターの専用ハイブリッドとなりました。

「このクルマのためだけに、エンジン担当にずいぶんと無理を言ってつくってもらいました。ガソリンでつくれば、もっともっと簡単でしたが、結果的に事業者の方が喜んでくださるクルマを提供することで、より早期かつ広範囲での普及につながりますから」と粥川は笑います。エンジン開発で1台あたりのコストは上がりましたが、数年走れば元が取れるという環境性能の高さが、事業者に受け入れられているそうです。

「ジャパンタクシーの普及を第一に考えたとき、スペシャルなものを少量つくっても社会の役には立たないという方針に行き着きました。我々がEVではなくハイブリッドを普及させたように、抜群にいいものを少量ではなく、ちょうどいいものをたくさん投下したほうが、結果的に環境に対して大きな影響を及ぼせるのです。環境性能だけでなく、バリアフリーについても同じ。社会に対して、タクシーもバリアフリーに変わったのだから、ほかも変わらなければいけないと思うきっかけをつくれたらうれしいですね」

もうひとつ、どこか懐かしさを感じさせるようなデザインの裏に、ジャパンタクシーはAI+IoT時代にふさわしいコネクティッド機能を搭載するポテンシャルも備えています。渋滞を回避したルートを選び出し、よりスムーズに目的地へと運んでくれる技術の開発も進んでいるほか、走行中のデータをビッグデータにフィードバックし、インフラ整備の進化に役立てることも計画中だそうです。ジャパンタクシーの、これからのさらなる進化から目が離せません。

※掲載情報は2018年7月時点の情報です。

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