クルマづくり

自動運転の先にある「安全安心」な未来のモビリティ社会

ライドシェアやカーシェアなどを含む「MaaS」*1市場の拡大とともに一般化していくと予想される自動運転システムは、果たしてどのように「安全安心」なモビリティ社会を実現していくのでしょうか? 渋滞を物理学の見地から長年、解析してきた物理学者・西成活裕教授の研究室を、トヨタ自動車の自動運転システムの開発を担当する松尾芳明主査が訪ね、未来の可能性を語り合いました。

*1. Mobility-as-a-Serviceの略。フィンランドのプロジェクトから始まった「移動のサービス化」を指す言葉で、公共機関やレンタカー、タクシー、レンタサイクルなどを組み合わせて人の移動をシームレスに行うサービスのことをいう。

トヨタ自動車では2020年ごろの実用化を目指し、開発中の自動運転実験車「Highway Teammate」を使い、首都高速道路での合流、車線維持、レーンチェンジ、分流を自動運転で行う実証実験を実施中。

渋滞は、なぜ起こるのか?

西成端的に言うと、渋滞を解消するための学問が「渋滞学」となります。渋滞、事故、燃費など、交通にかかわる問題は各々が複雑に関係し合っています。事故のだいたい2割が渋滞に起因するのですが、渋滞が起こると追突事故が増え、逆に事故が起こると渋滞が起きます。わたしは約25年間、渋滞を研究していますが、実は渋滞は減少傾向にあると思います。例えば、高速道路の渋滞はかつて全長100kmを超えたこともありました。ところが、最近では長くても50kmに満たない程度にまで縮小しています。

渋滞が減少している大きな理由は、「交通の分散」「働き方の多様化」「情報化社会の到来」の3つに集約することができます。首都圏では道路の整備が盛んですが、新しい道路ができると単純に運転手の選択肢が増え、交通の分散により、特定の道で渋滞が起こる確率が下がります。同時に、働き方改革など、生活形態の多様化の影響で、人の移動自体が分散されています。そして、昔は手にすることができなかった渋滞情報などを誰でもすぐに確認できるようになり、仮に渋滞が起きていても迂回するなどの効率的な選択が容易にできるようになりました。また、渋滞の原因の6〜7割が“上り坂”であるというデータもありますが、新東名高速のような、極力、坂道を少なくするような道路計画も、渋滞緩和につながっています。

こうした技術的・社会的なさまざまな要因によって渋滞は徐々に緩和されており、数十年後に自動運転が普及したあかつきには、大部分はなくなっているのではないかとわたしは考えています。

NEXCO東日本が管轄エリア内で発生した高速道路での渋滞について調べたデータによると、渋滞の発生原因でいちばん多いのは、クルマが同じ場所に集中することで発生する「交通集中渋滞」。これが全体の75%を占め、なかでもトンネル部が約3%、インターチェンジが11%、接続道路からの渋滞が約19%、上り坂およびサグ部(下り坂から上り坂にさしかかる凹部)では約62%となる。上り坂およびサグ部で渋滞が発生する仕組みは、上り坂で気づかないうちに速度低下したクルマの後続車が、手前のクルマとの車間距離が縮まることでブレーキを踏み、それが連鎖的に続いて渋滞が発生してしまう。トンネル部やインターチェンジの合流地点でも、これと同じ現象が発生しており、このような減速の連鎖で起きる渋滞は「自然渋滞」と呼ばれている。

自動運転テクノロジーがもたらす
「安全安心」

松尾西成教授が「渋滞学」の研究を始めた当時、自動運転という発想はお持ちでしたか?

西成『KNIGHT RIDER/ナイトライダー』*2というアメリカのSFテレビ番組をご存じでしょうか? 人工知能「K.I.T.T(キット)」を搭載した喋るドリームカー“ナイト2000”が、主人公を迎えに来て、会話をするさまをワクワクしながら観ていました。とはいえ、そうした完全自動運転のクルマが、まさかわたしが生きているうちに現実のものとして議論されるようになるとは思いもしませんでした。ここ25年くらいの技術の進歩は、驚くべきものでしたね。

*2. 1980年代に世界中で絶大な人気を誇ったアメリカの特撮ヒーロードラマ(1982年〜1986年)。日本ではテレビ朝日が放送。

西成活裕 Katsuhiro Nishinari 東京大学 先端科学技術研究センター
工学系研究科航空宇宙工学専攻(兼任) 教授

1967年生まれ。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程終了、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科助教授、ケルン大学理論物理学研究所客員教授、東京大学大学院工学系研究科宇宙工学専攻准教授、同教授を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター教授を兼任(2009年〜)。専門は数理物理学および渋滞学。著書の『渋滞学』は、講談社科学出版賞と日経BPビズテック図書賞を受賞。

松尾『KNIGHT RIDER/ナイトライダー』は懐かしいですね。わたしもファンでした。「K.I.T.T」自体が“元祖カーナビ”だったり、実際に自動運転システムの開発が進んだり、のちのインターネットのようなデータベース検索が行われたり、車載カメラが搭載されていたりと、あれは未来に実現していくクルマ像そのものでした。トヨタ自動車が自動運転システムの開発に着手し始めたのは30年ほど前ですが、西成教授はいつごろ、この技術が渋滞の解決に関与し得ると感じ始めたのですか?

西成研究の一環としてドライバーを教育して渋滞や事故をなくす取り組みをしばらくしていたのですが、機械のように正確無比にいかない人間の性質に限界を感じていました。そのタイミングで自動運転システムに関するニュースを耳にしてピンときたんです。そこから、人間の能力を補うかたちでの自動運転技術に注目し始めていたところ、2005年の日本国際博覧会(愛・地球博)にトヨタ自動車の「IMTS」*3が登場したのには、とても驚きましたよ。

*3. Intelligent Multimode Transit Systemの略。2005年に開催された日本国際博覧会(愛・地球博)の会場内交通手段のひとつとして採用されたトヨタグループによる電波磁気誘導式のバスシステム。

松尾「IMTS」はインフラの整備に莫大な費用がかかってしまうことなどもあり、残念ながら実用化には至りませんでした。1970年代は排ガス規制への対応策として、クルマの電子制御機能技術の開発が急がれていましたが、それがひと段落した1980年代、エンジニアたちは次のステップとして自動運転システムの開発に乗り出したんです。大きなCCDカメラを搭載してみたり、LIDAR(ライダー)*4を搭載してみたり、自動ブレーキ用のアクチュエーター*5をつくってみたりと、手づくり感覚で開発が始まりました。しかし、当時は要素技術が発展せず、次のステップとしてインフラと協調するシステムを考えました。そうして、磁気式レーンマーカに沿って自動で走るバス「IMTS」ができあがったわけです。

*4. LIght Detection And Rangingの頭文字を取ったもので、レーザー光線を用いて、周辺環境の立体的な様子を捉える技術、または機器。
*5. 電気、油圧、エア圧などのエネルギーを動力源にして機械的な仕事を行う装置の総称。

松尾芳明 Yoshiaki Matsuo 先進技術開発カンパニー 先進技術統括部
先進安全先行開発部 主査

1982年トヨタ自動車入社。車両運動性能の実験を担当した後、後輪操舵や横滑り防止装置など車両運動制御システムの開発及び普及に従事。2006年以降、プリクラッシュセーフティー、トヨタセーフティーセンスなど予防安全システムの開発企画を経て、現在、自動運転・先進安全の技術開発企画を担当。

西成現在、トヨタ自動車の自動運転技術はどんな段階に到達しているのでしょうか?

松尾自動運転につながる技術として、すでに前のクルマとの車間距離を保ちつつ、追従走行することが可能になっています。このACC*6機能は、衝突回避支援または被害軽減を図るPCS*7とセットで、ほとんどの新車に搭載されています。さらに、LIDARの性能が上がり、コンピュータのGPUやディープラーニングが登場したことで、オーナー向けとして2020年には高速道路、2020年代前半には一般道での自動運転を実現させようと考えています。そしてMaaSなどのビジネスでの検討も始めています。

*6. Adaptive Cruise Controlの略。定速走行・車間距離制御装置。高速道路や自動車専用道路での使用を前提に開発されたもので、車間距離を一定に保ちつつも、定速走行をクルマが自動で行う。
*7. Pre Crush Safetyの略。車両に搭載されたレーダーやカメラにより、前方の車や歩行者・障害物などを感知し、運転者に音声で警告したり、自動的にブレーキをかけたり、シートベルトを巻き上げたりする。衝突被害軽減ブレーキ。

西成渋滞中はACC機能を使うことで、サブタスクを行うことができるようになり、イライラすることがなくなりそうですよね。国土交通省によると、全国で年間に発生する渋滞損失は、約38.1億人時間。貨幣価値に換算すると約12兆円にも上り、その額は国家予算の7分の1にも上ると言われています。さらに渋滞による精神的ダメージなどの波及効果まで考慮すると、数値で測れるような単純な損失ではありません。クルマの渋滞に限らず、満員電車でも多くの人がイライラしていますよね。渋滞は精神に対して、確実に悪影響を及ぼします。

渋滞を研究していて気づいたのは、意外にもクルマだけに注目していては解決の糸口が見えてこないということです。そこで渋滞を解消するために、直接関係のない分野にも目を向けるようにしてきました。人の流れや物流など、ありとあらゆる流れには渋滞がつきもののはずですが、いつも列をなして移動しているアリは決して渋滞を起こしません。アリは各々が道の上にフェロモンを落とすことで、全体の動きをコントロールしていたのです。混雑してくるとフェロモンが濃くなるので、後方でそれを嗅ぎ取ったアリは、前方の状況を考慮して動きを調節すると考えられています。我々人間も同様に走行データを残して、オンタイムで共有し合うことで、渋滞を避けることができるようになるかもしれません。そもそも昆虫の判断速度は0.1秒以内だそうですが、人間は認知するだけで0.5秒かかると言われています。昆虫は人間に比べて非常に単純なので、圧倒的に速く判断することができているのです。わたしはこうした自然界の営みにも目を向ければ、渋滞を解消する糸口が見つかるのではないかと考えています。

松尾自然から学ぶとは、面白い発想ですね。ミリ波レーダーで前方のクルマを検知する先述のACCに、ITS*8通信を加えたCACC*9が、ちょうどアリのフェロモンのように総体的に渋滞を避けることにつながる技術と言えるでしょう。ITS通信を介して、ブレーキやハンドル操作などの走行情報を前方のクルマと共有しながら、連動した運転を可能にする技術です。

*8. Intelligent Transport Systemsの略。道路交通システムと情報通信システムを連携させることにより、交通事故の防止や物流の効率化、自動運転による高齢化社会への対応など、道路交通システムのさらなる高度化を狙った高度道路交通システムのことを指す。
*9. Connected Adaptive Cruise Controlの略。協調型車間距離維持支援システム。ACCに加えて車間通信によって他車の加減速情報を共有することで、より精密な車間距離制御を行う。 CACCでは、ACCより短い車間距離での走行や、制御の遅れによるハンチング(車間の変動)の少ない安定した走行が可能となる。

西成それは素晴らしいですね。そのような自動運転化が進めば、渋滞は確実に減るでしょうし、事故も自ずと減るでしょう。さらに、人間が運転するよりも効率よく目的地に到着することができるでしょうから、環境汚染を軽減することもできます。自動運転システムは、クルマの持つネガティブな側面の改善策としても期待できそうですね。

松尾トヨタ自動車の目指す自動運転では、第一に“安全”、第二に“自由な移動”、そして第三に“環境”が重要な目的として位置づけられています。最終的な我々の使命は、安心して乗ることができるクルマをお客様に提供することですので、技術云々よりも信頼性を確保するための施策が最重要事項と考えています。

クルマと協調して成長する未来へ

西成世界の自動車産業をリードするトヨタ自動車として、自動運転における安全に対してどんな取り組みをされているのでしょうか?

松尾トヨタ自動車では安全への取り組みとして、発生した事故についてしっかりと調査を行い、原因を突き止め、それを次の開発に生かし、市場投入後も調査を続けるといった繰り返しを徹底しています。また、本当の安全安心を実現するためには、交通ルールの尊守やインフラの整備など、我々クルマのつくり手以外の努力も欠かせません。また自動運転車では、さまざまなセンサーが常に周囲を見張っていて、事故の兆しを事前に察知するため、緊急自動ブレーキなどの対処療法的な安全ではなく、危険を予防する安全かつ安心な運転が実現されます。トヨタ自動車ではドライバーを黒子のようにサポートし、そもそも危険に近づかないような運転を目指す考え方を「ガーディアン」(高度安全運転支援)と呼んでいます。

トヨタ自動車が自動運転分野で最も重要視しているのが、安全なモビリティ社会の実現。システムだけでなく、人や交通環境にも焦点を当てた研究を進めていくことで、モビリティ社会の究極の目標である「交通事故死傷者ゼロ」に向けて取り組んでいる。写真は、ディープラーニングやコンピュータ認識モデルにおける研究成果を反映した自動運転実験車。「ガーディアン(高度安全運転支援)」と「ショーファー」(自動運転)の両モードの試験を行うことができる。

西成なるほど。人間が運転するよりも、自動運転のほうが事故を起こす確率が低いということを証明できなければ、人々は安心してクルマに身を任せることはできないですからね。だからこそ、今後、自動車メーカーには人間と機械のかかわりが円滑になるような取り組みもしていただきたいですね。

松尾我々はトヨタ自動車が取り組んでいる自動運転の考え方を「Mobility Teammate Concept」と命名し、クルマと人が協調して成長することを目指しています。人とクルマが同じ目的で、あるときは見守り、あるときは助け合う、気持ちが通った仲間(パートナー)のような関係を築く。これはトヨタ独自の考え方です。自動運転とはいっても、クルマを運転する楽しみをしっかりと残したり、AIスピーカーなどで擬人化することでクルマとの会話を楽しんでいただけたりするようなアプローチも試みています。

西成子どものころに夢見たSFの世界のような、自動運転による安全でストレスのないクルマ社会の到来が待ち遠しいですね。

自動運転実験車「Highway Teammate」によるデモ走行の模様。ETCゲート通過後の入口ランプウェイ内で、ドライバーのスイッチ動作により自動運転に切り替え、自動運転を開始すると、車載システムが高精度地図情報との照合により、自車両の位置を高い精度で把握。また、周辺障害物や周辺車両の状況を、車両の各所に搭載した複数のセンサーにより認識し、目的地に応じたルート選択やレーン選択を行う。

トヨタ自動車では「Mobility Teammate Concept」を実現する重要な技術の柱として、高度な認識・予測判断を行う「運転知能(Driving Intelligence)」、車両間・路車間通信を活用し、安全運転を支援する「ITS Connect」をはじめとした「つながる(Connected Intelligence)」、ドライバーの状態認識、ドライバーとクルマの運転の受け渡しなどを行う「人とクルマの協調(Interactive Intelligence)」の3つの領域を考えている。

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