開発者の想い
INTERVIEW 01
母になって強まった
「安全」への想い
MS制御開発部
第1先進安全制御開発室 設計4G
高木 有華
トヨタ自動車では、クルマの開発だけでなく、運転講習や啓発教育など、さまざまな場面で交通安全を支える人々がいる。
そんな「安全安心」を紡ぐ人々に対して、今回それぞれの立場から「安全」への想いをインタビュー。
第一弾は、今や多くのクルマに搭載されているパノラミックビューモニター(PVM)の開発に携わった高木有華さん。
トヨタ入社からPVM開発、さらには出産・子育てを経験して、さらに強くなった事故ゼロへの決意を語ってもらった。
私だからこそできる、
安全技術への提案
トヨタに入った経緯は?
大学時代はカメラを使った人の顔認識技術の研究をしていて、「研究したことが、暮らしを豊かにしたり、便利にできないかな」と考えていました。
(トヨタを考えるようになった)きっかけは、OBからどういう仕事をしているかを聞いたことです。「やっぱり裾野が広いな」と興味がわきました。
そこであらためて「自動車会社に勤めたとしたら何ができるんだろう」と考えた時に、クルマにカメラとか周囲を認識できるようなセンサーを搭載したら、もっと安全だったり、楽しい運転の提案ができるんじゃないかなと。
クルマにはいろいろ開拓できる土壌があるんじゃないかなと考えて入社を希望しました。
トヨタ入社当初、
ミリ波レーダーの
開発を担当
学生時代に研究してきたこととは違う分野かと思うのですが、
開発に携わる難しさや、経験して良かったことはありましたか?
”前方の障害物などを検知する”ミリ波レーダーの開発にアサインいただいたおかげで、「認識技術はカメラだけではなく、色々なセンサーがあるんだ」と視野を広げることができたと思っています。
ただ難しかったです。ミリ波レーダー自体も一から勉強させてもらっていたこともありますが、根本的にカメラだろうとミリ波レーダーだろうと、クルマに載せる以上、いろいろな対象物を認識しなければいけない。
「天気が悪いとできません」、「暗いところはできません」ではいけませんし、「このクルマならできるけど、こっちのクルマはできません」などもいけないので、ミリ波レーダーを軸にしながら、「クルマに認識センサーを載せるには何が必要か?」といった考え方を学ばせてもらいました。
未知の分野に挑み、視野を拡大。PVMの開発も経験。
PVMの開発はどのような経緯から?
東富士研究所(静岡県裾野市)でミリ波レーダーの開発をやっていまして、そこで駐車支援の話がありました。
当時、低速領域での(運転を支援する)アイテムはそれほどなくて、衝突時に被害が大きい高速領域での衝突安全に主眼が置かれていました。
けれども、次に支援領域を広げるなら、怪我も負わないくらいのちょっとした物損事故であっても、「そういった支援もいるよね」という話になり、「低速の駐車時とか発進時にどのような機能があったら嬉しいですか?」というところから企画が始まりました。
駐車を苦手とする人にとって、なぜPVMが必要だと思われますか?
駐車時に求められる安全というのは「見える」ことが重要なんです。ドライバー席から見えないところって沢山あって、ステップとして、まずクルマの全周囲を見せることが大事。それだけでも、ぶつかりそうになったら止まれると思います。
カメラは(クルマの前後左右に)4つあって、境目は映像を合成しています。存在するはずのものが合成時に消えてはダメですし、間違って合成すると、(境目に)ズレができてしまいます。
カメラもクルマの形状上、箱のような平面に付いているわけじゃないので、ミラーだったり、グリルの辺りだったりします。なので、そこから撮られた映像を、あたかも上から見たように全部修正・合成するわけです。
こういった技術は試験車一台であれば、勿論作り込みもできます。ただ、「これを何台も作っていこう」となった時に、必ず車への取り付けってバラつくんです。
そうならないために、関係部署のメンバーとは「どこまで取付バラつきが発生しますか?」「設計でバラつきをどこまで吸収できますか?」と、工場の施設も考慮した上で品質を確保していきました。
PVMの製品化にはかなり苦労されたとか?
かなり苦労しましたね…。
当時、周りの社員には、音とナビ画面表示で知らせる付加機能の商品性を理解してもらえる訳ではありませんでした。
そこで、(当時の)チーフエンジニア宅のガレージが、ちょうどPVMの利用を想定したシーンと同じでしたので、作り込みができた段階でクルマをお持ちして、乗ってもらいました。
体験いただいた内容としては、壁に囲まれたガレージからクルマを出してもらい、その前を横切って「わたしが見えませんでしたよね?」と身体をはって実証しました(笑)
実際にPVMを体験したチーフエンジニアからは、「これは良いね!」と評価いただきました。今思うと無茶な方法ですが、説明資料で機能概要を伝えるだけではなく、やっぱり実車で体感いただいたのはすごく大事だったかなと思います。
とは言っても、チーフエンジニアにいつも試乗いただくわけにもいかないので、その後も開発メンバーとはさまざまな厳しい条件を達成するため、テストコースだけではなく、一般のいろいろな環境で乗って検証し、発売ギリギリまで関係部署と議論を重ねて、やっと製品化にこぎつけました。
「いろいろな環境」ということですが、
どれくらいのパターンで実証実験をされましたか?
駐車場の種類だけでも、自宅、スーパー、地下駐車場、立体駐車場、平地、コンビニ、コンビニにもいろいろあります。豊田市や名古屋市内の混雑した駐車場だけではなく、関東~関西にも行きましたし、雪国というところで、雪の季節に北陸の方にも行きました。駐車場だけでも数百以上。
そこに天候、時間帯等で掛け算をします。
どれだけ網羅するかということで喧々諤々議論しました。「こんな駐車場が入ってないじゃないか」とか「こんな天候の時が考えられてない」とか。
パターンの中から苦手なところが抽出できますので、そこをさらに重点的に(テスト)する。
後は、歩行者の服装によっても認識のし易さがだいぶ変わりますし、大人や子ども、それから自転車もクルマもターゲットでした。
製品化まで3年間。実際に世に送り出した時の気持ちは?
(開発の)最初から最後まで、ずっとクルマに付きっきりでしたね。
検討車両に載せた段階から、製品に出すクルマへとフェーズが変わるたびに、どのぐらい性能差が出るかチェックしていました。
世に送り出した時は、「やっとここまで課題の潰し込みができたな」という安堵感と「漏れているシーンはないかな」という心配でした。環境も搭載条件も、検証すべきところは、本当にやり込んだんですが、それでも製品が出てからもお客様の反応とかを見ていました。
印象に残った反応みたいなものはありますか?
普段なかなかお客様の声を直接聞く機会こそ無いんですが、
(お客様に一番近い)ディーラーへ説明する時に、実際にガレージにクルマを置いて、歩行者が見えないところから出てくる状況を作り込んで説明したら、「これは良いね」といただきました。「狙っている性能や品質をご理解いただけたかな」と嬉しかったのと、「皆さん使ってありがたいシステムになったかな」という安堵でしたね。
ただ、安堵しながらも、開発メンバーとは「次はここの改良だな」という話にすぐなりました。今やれることでやれることは精一杯やっているんですけど、「次はここを良くする」とか、そういう話になって、終わらないですね(笑)。
次に改良すべきところをすぐに考えているところが、
トヨタらしい「もっといいクルマづくり」にも繋がっていますね。
そうですね。作って終わりではなく、「課題を解決するには、次に何をしなきゃいけないか」の話に変わります。まさに、トヨタ的改善ですね。
4年間の産休・育休を経て、
強まった安全意識
お子さんが生まれて、安全技術に対する想いに変化はありましたか?
子どもが生まれる前は想定できる範囲が狭かったかなという気がします。
上の子どもは幼稚園、下は保育園に通っているんですけど、「いろいろな環境で、いつも使えなきゃ困るな」と思うようになりました。
子どもがいなかった時は、そこまで疲れて運転することがなかったですし、後部座席がガヤガヤしている中で運転することもなかった。今は子どもを乗せることが多いので、駐車する時もなかなか集中してモニターを見られない。
それから、子どもが生まれる前って子どもがいる環境にあまり行かないんですよ。
今は子どもがいる環境にしか行かなくて、公園に行っても、毎日の送り迎えでも駐車場には小さい子どもがいっぱいいます。
特に子どもは急に止まれないし、真っすぐ出てくるわけではないとあらためて感じて、想定シーンが変わってきたと思いますね。
そういった中でも映像だけでなく、いざという時のブレーキや、そんなにマニュアルを見なくても使えるシステムが必要。
(子育て中は)しっかり準備して、ディスプレイを点けて、あれこれ準備している暇なんてない。
本当に疲れていても運転しなきゃいけなかったり、いろいろな場面があります。そういう時でもすぐ使えるものが大事だなと思っています。
そういった経験を通して、今後どういった技術が必要になってくると思いますか?
クルマが必需品の方は絶対いらっしゃる。駅が近くにないとか、子どもや高齢者の方を病院に連れて行かなきゃならないこともあります。
本当は病院の入り口近くに止めたいけれど、「駐車が苦手だから」という理由で遠くに止めたり不便な思いをしないようにできれば良いなと思います。
それから雨の日ですね。私の家族も高齢になってきて、「雨の日はちょっと(運転が)怖いから出かけない。」と言っているのを聞くと、雨で行動が制限されるんだなと感じます。
クルマが必需品の方は絶対いらっしゃるからこそ、そういう制限がないように、必要な運転支援ができると良いかなと思います。どうしても必要な方が、安心して使っていただけるというところに、もっと踏み込まないといけないと思うようになりました。
「安全」に向き合う中で大事にしていることはありますか?
大事にしていることといえば、コッツン事故(軽微な事故)もあっちゃいけないなと思います。
以前だと、「ちょっとディーラーさんのところに行って直してもらえればいいかな」という気持ちもなくは無かったんですけど、今はちょっとした自損もあっちゃいけないなと思っています。
というのは、事故でけがをするということももちろんですが、事故によってクルマを修理に持って行かなきゃならない。家に帰って子どもの面倒を見る中で、クルマを修理に出す時間をどこで捻出するかという話になってきます。
もちろんディーラーさんには、代車の用意も含めて(素早く)直していただく技術がたくさんあるのですが、事故が起きてしまうと生活のサイクルを再構築しないといけなくなります。そうすると「クルマに乗ることを控えようかな」ともなってしまいますので、ちょっとした事故でも無いようにすることが大事だと、安全意識がさらに強まりました。
「車の修理のために、生活サイクルを再構築しなければならなくなる。そのためにはコッツン事故も無くさないと」という言葉は、2人の子どもを育てる親だからこそ。この視点がある限り、きっとこの先も多くの同じような子育て中のドライバーにとって嬉しい安全技術が開発されていくだろう。
最後にこんな質問を投げかけてみた。
高木さんにとって「トヨタの安全とは」?
現在、クルマは今まで以上に様々なお客様が使われるし、本当にいろいろな道路環境があります。
そういった使い方や環境も考慮した上で、地域ごとにカスタマイズする場合もありますし、共通仕様として織り込む場合もあります。その判断も含めて、年齢も習慣もいろいろな全てのお客様が、安心してお乗りいただけるクルマを提供することが「トヨタの安全」だと思っています。