開発者の想い
INTERVIEW 03
試行錯誤しながら
向き合う「安心」
先進安全システム開発部
池 渉
トヨタ自動車では、クルマの開発だけでなく、運転講習や啓発教育など、さまざまな場面で交通安全を支える人々がいる。そんな「安全安心」を紡ぐ人々に対して、それぞれの立場からその想いをインタビュー。第三弾は、学生時代から安全技術に特別な想いを持ち、トヨタでのインターン経験を経て入社した池 渉さん。入社当初から安全技術企画やPCS(プリクラッシュセーフティ)の開発を手がけ、現在は、PCSとともに「パーキングサポートブレーキ」と呼ばれる、車庫や駐車場で活躍する緊急自動ブレーキの開発を担当。そんな安全技術一筋な池さんの熱い想いや秘められた情熱について話を聞いた。
開発現場で感じた
「安全」という言葉の重さ
入社前の2002年頃、学生インターンとして「トヨタの安全技術」に携わる部署を経験。 実際に最前線で安全技術を支える現場を見て、当時どのようなことを感じましたか?
学生時代から「クルマの技術に携わりたい」と思い、トヨタ自動車のインターンに参加しました。
インターン参加当時、安全技術はオプション装備としての位置づけでしかなく、運転をサポートするような安全支援技術はまだまだ世の中にありませんでした。
そうした中で、前方のクルマと車間距離を維持する「クルーズコントロール」を担当する部署にお世話になりました。当時学生の私は、「安全機能の仕事に携われて嬉しいです!」と意気揚々と社員の方々に挨拶をしました。ところが、トヨタの開発現場の人たちは、安全に対して本当に真摯に向き合っていて、「気持ちは嬉しいけど、僕たちの携わる機能はまだまだ安全とはいえず、お客様に自信をもって世に出すにはもっと期待を超えていかなければならない。」と言われたのです。
その時、自分の甘さはもちろん、トヨタの人たちが考える「安全」という言葉の重みに感銘を覚えました。作り手目線で安全基準を決めつけるのではなく、あくまでお客様目線で期待値に応えていく考え方に衝撃を受けて、この人たちと一緒に仕事してみたい!と思いましたね。
現地現物で模索しながら
挑戦の日々
前述のインターン経験を経て、2004年トヨタに入社。入社後は、「クルマをもっと安全にするには?」を考える企画グループに配属。今では当たり前の減速支援機能の試作をはじめ、ナビ協調型運転支援の開発など、当時世の中にはない新しい技術を作り上げる過程はいかがでしたか?
当時は図書室に篭り、いろんな技術を勉強しながら悶々とすることもありましたね。クルマに関わらず、世の中でどんな機能や技術がクルマの安全に役立つ可能性があるかを考えて、試作車両を作っては、新しい機能を載せることを繰り返していました。その中で生まれたのが、地図データを使ったカーブ前減速の機能なのですが、まだカーナビがない時代に、自分たちで地図データから作るところから始めました。まさに現地現物で、当時は失敗作も含めてあらゆることを試しながら、現場で作り上げていきました。
日々沢山の挑戦をしていた中で、特に印象に残っている失敗談はありますか?
地図を使ったカーブ前減速の試作でのことが印象に残っています。
カーブへの進入速度が速い時に緩いブレーキで減速する制御を狙って作っていましたが、いざ試作車でコースを走ってみると思いのほか強いブレーキがかかってしまった事と、連続カーブではブレーキがかかり続けてしまうこともあり、テストコースを一周回って戻ってきたらブレーキが焦げていたことがありました…(笑) そうした失敗も含め、「自分の頭で考えていることと、実際にクルマという形にして動かしてみるのとでは違うな」と実感しました。
人の目ほど
万能なセンサーはない
2018年には自動車アセスメント(JNCAP)の自動車安全性能の評価試験である、PCS試験(夜間歩行者試験を含む)全てで最高得点を獲得し、アルファードでJNCAP大賞を受賞することができました。そこに至るまでに苦労したことはどんなことですか?
PCSは人間が運転するような減速の仕方で運転支援を実現したものですが、人であれば目で見て、頭で考え、手足を動かすといった、認知・判断・操作をします。それを機械で実現する場合、目で見る代わりにセンサーが反応します。世の中にはいろんなセンサーがありますが、人の目ほど万能なセンサーはなかなかないし、種類によってカバーできる領域の得意・不得意もあります。
カメラはかたちでそれが何かを見分けるので、かたちが似ていれば見間違えることもあります。レーダーは反射でものを捉えますが、対象物との距離や速度は正確にわかるけれど、それが何かはわからない。といったように、それぞれ一長一短の特徴があるセンサーを組み合わせて、危ない対象かどうかを見極める必要があります。それを世界規模に広げると、地球上のどんな環境でお客様がクルマを走らせるか、見えない状態では世の中には出せないので、地道ではありますが、世界中のあらゆる条件下でクルマを走らせる必要があるんです。
ただし、我々だけでは限界があるので、世界各国のトヨタの仲間やサプライヤーさんにもご協力いただきながら、センサーの特徴を踏まえた苦手なシーンを洗い出し、それを世界のあらゆる環境に置き換えてみます。そして、その弱点が一番強く出てしまう場面や環境は?ということを突き詰めるために実際にクルマを走らせるわけですが、トヨタらしく現地現物で、泥臭くも地道なことを繰り返してきました。
また、PCSに携わる中で、実際に事故に遭われてしまわれたお客様にお会いしてお話を伺う機会を何度も頂きました。実際に起きている事故の過酷さをお聞きし、どうしたら事故が防げたのか、万全の対策までいかなくとも何か改善ができないかを徹底的に考えました。いつも私達トヨタを応援して下さるお客様の声がたゆまぬカイゼンを後押ししてくれたと思います。
そうしたカイゼンの積み重ねの結果が、2018年のアルファードでのJNCAP大賞の受賞につながったかと思うと、非常に感慨深いです…。
安全技術の中心にあるもの
池さん自身、安全機能の開発に携わってから20年を経て、
変わったこと、変わらないことについて、どのように感じていますか?
何から何まで変わっている気がしますね。クラウンのリコール以前は、運転支援機能はあくまで補助装置としての位置付けで、黒子というか、影でひっそり動いているような存在でした。そのため表示や音、制御もマイルドな味付けでしたが、近年はむしろお客様から、「本当に動くかわからず心配なので、ちゃんと表示してほしい」というご要望も増えてきており、ここ数年で安全機能自体の位置づけや、お客様の期待値が大きく変わってきていると感じます。
逆に変わらないのは、安全技術は人が中心あること。どんなに安全技術が進化しても、機械が勝手になんとかしてくれるという発想にはならず、やはり最後は人なんです。事故を防ぐためにはどんな働きかけをしたらいいかというアプローチは今までも、そしてこれからも変わらないのではないかと思います。
安全技術は、人の感覚や視野、運転フィールにどこまで寄り添えると考えていますか?
「事故さえ起こさなければいい」という考えもあって、それが正しいと思うこともあります。急ブレーキをかけたときに、最終的に事故を避けて安全を成し遂げることができれば良い。その一方で、いくらぶつからずに済んだとはいえ、緊急事態でただでさえドキドキしているときに、さらに強いブレーキがかかれば、それは人に優しいとは言えないかもしれません。
いきなりガツンとではなく、マイルドに止まって事故を回避できるならそれに越したことはなく、徐々にブレーキがかかり、最後はプロドライバーのようにすっと抜くようにブレーキがかかれば理想的です。そうなることで、たとえば心臓の弱いお年寄りの方が事故に遭いそうなときに、急ブレーキによってシートベルトが体にきつく締まって胸が苦しくなるようなこともなく、安心して危険を回避できるのではなかろうかと想像します。
実はそうしたことを考慮し、PCSの作り込みをしているので、専門家の方に試乗いただき、「トヨタのPCSはマイルドでいいね」などと評価されると、「こうしたお声のように、きっとどこかで誰かの安心につながっているはず!」と、すごく嬉しくなりますね。
人に寄り添った安全サポートの工夫をする中で、難しいなと思う点はありますか?
予防安全パッケージ「Toyota Safety Sense」第一世代を開発しているときは、ゼロから「安全」を作り出すのに精一杯でした。次第にお客様の声から、安全への期待値が大きいことがわかり、第二世代ではお客様のご要望に沿ったものに作り変えたつもりでしたが、それでもやはりお客様からは、「もっと動かしてほしい」「もうちょっと早く支援してほしい」などとさまざまなご要望が増えてきました。
だからこそ、安全技術を通じてどんなレベルの「安心」を提供できるかは、一番議論になる点で、もっとも試行錯誤している部分ですね。安心は人によって感じ方が異なります。お客様の年齢層や運転の仕方などの車のデータ分布を見ながら、常に分析しています。そして7〜8割の人にフィットした、運転支援のタイミングを検証する作業を手探りでしていますが、正解はなかなか難しいですね…。
ぶつからないようにすることだけを考えれば、速度と距離がわかれば運動エネルギーを割り出せるので、クルマを止めるタイミングがわかります。でも、それだけだとどうしてもお客様の期待とのギャップが出てしまいます。お客様が心から安心できるサポートを考えると、お客様の年齢や性別、お住いの国や地域によってもレベル感は変わるので、お客様からいただくフィードバックをもとに地道に開発を続けるしかありません。
安全技術が今以上に「人に寄り添う存在」になるためには、
今後どんなものが必要だと考えていますか?
クルマ側が未然に察して、人それぞれの運転能力に応じた支援をする「人に寄り添う存在」を目指していきたいです。これまでの技術は、ある一定の速度や距離になったらぶつかるのでブレーキをかけましょうと、ルールを作ってあてはめる仕組みでした。今後はそうではなく、交通環境やドライバーの状況などを察して推測し、支援できる安全技術を手掛けていきたいと考えています。
「安全安心」の担い手として
トヨタの「安全安心」を担う立場として、日々大事にしていることはなんですか?
まずはお客様と向き合うこと。可能なかぎり、世界中で起きたお客様の事故のレポートに目を通し、お客様から届けて頂く声に耳を傾けることを徹底しています。起きてしまった事故の背景には、ドライバーそれぞれの人生があります。どんな状況でその事故が起きてしまったかをしっかりと分析することは、自分の中で一番大事にしていますし、開発メンバーにも常に話していることですね。
もうひとつ大事なのは、モノづくりをする時に自分たち開発者の目線だけで考えるのではなく製品に携わる多くの人達の意見を頂いてモノの良し悪しを考える事です。
新技術の開発時はとくに、関係者以外を締め出しがちですが、なるべくオープンにして、いろんな見落としを防ぎ、あらゆる視点が入ることで気づきを得ることが大事だと考えています。
PCSの技術を載せて世界中を走り回って検証するにしても、私たちだけでは及ばず、関係会社の皆様とも協力し、知恵を出し合ってようやく製品ができています。成し遂げたいハードルがあるときこそ、自分たちの力にだけこだわるのではなく、世界中の仲間と力を合わせ、みんなでお客様に対してなにができるのか?を追究することが重要だと思っています。
最後に、池さんにとって「トヨタの安全」とは?
安全技術によって事故を起こさないようにすることはもちろん、運転する人にとっての「安心」を提供することにこだわることが、トヨタの安全だと考えています。
「安全安心」を世の中に広げていくためのチャレンジと進化はこれからも続く。