ACTION CLIP
「つくる現場をつくろう」篇

味噌造りを
変えた、
トヨタの目。

東日本大震災が大きな傷痕を残してから、7年が経過し、東北の各地では少しずつ復興の兆しが芽吹き始めています。トヨタ東日本が東北の地元企業と一緒になり、復興の一端を担えればという想いから取り組んでいる相互研鑽活動。農業、水産加工業など業種の枠を越えて様々な異業種と共に、お互いの良いところを学びあう活動です。ACTION CLIPでは、今回、異業種が互いに助け合い、そして切磋琢磨する姿を追いかけました。

クレームが、
皆を1つにした。

道を曲がるたびにぐっと雪深くなり、一面に銀世界が広がっていた秋田県にかほ市。真っ白な雪の中でもひときわ目を引いていたのは、赤で「南」と書かれた日南工業株式会社のロゴマークでした。ここ日南工業は、70余年東北の食文化を守り続けてきた、醤油と味噌の醸造所です。

秋田県にかほ市で昭和23年に創業した日南工業は、主に業務用、家庭用の味噌や醤油、つゆ、たれを製造しています。創業時より秋田県産に拘り、主製品には麹の原料としてあきたこまちを使用。県内の飲食店に卸したり、一般消費者向けの調味料としても親しまれています。古くから秋田の食卓を支えている老舗企業として、人口が減っても、食文化が変わっても、変わらぬ味を守り続けたいと日々励んでいました。

実は、日南工業がトヨタ東日本との研鑽活動に取り組んだのは今回で2回目。最初に研鑽活動が行われた2015年には、製造工程の効率化を図るためのカイゼンが行われました。日南工業の細谷社長は効率化のさらなる定着を狙って、トヨタ東日本との研鑽活動を今回も楽しみに待ち望んでいました。ところが、活動が始まろうとしていた矢先に、複数のお客さまからのクレームが、日南工業へ寄せられるという事態が発生します。

キッコーとは?

日南工業の別名は「キッコーナン味噌・醤油醸造元」。このキッコーの由来は諸説ありますが、なんと江戸時代にさかのぼります。このマークを最初に使用したのは茨城県の柴沼醤油。土浦藩のお抱えであった柴沼醤油が、土浦城のお堀の形状が六角形で「亀城」と呼ばれていたため土浦藩のお城の印として亀甲紋を使用したそうです。その後、江戸で味の良い醤油として親しまれていた土浦藩の醤油を真似て、亀甲紋を使う醤油が増え、六角形は醤油の象徴となったようです。

秘蔵すぎた
味噌造り。

「クレームの内容は、同じ商品なのに味噌の色が異なるという、色調の一定化に対する要求でした」と語る細谷社長。味噌は時間をかけて仕上げる発酵製品であり、味や風味は変わらなくとも、原料の大豆に由来する色味や、季節や天候によって色味に変化が生まれてしまうのはある程度は仕方のないこと。社長自身もそのように考えてはいましたが、今度のクレームの数はこれまで以上に多く、「なぜ、そんなことが起こったのかが分からない」という状態に陥っていたそうです。こうした社長の悩みを親身になって聞いていたのが、トヨタ東日本の小林亘さん。
「現状、どんなことで悩まれているかをヒアリングさせていただきました」

もともと期待されていた製造作業の効率化よりも、エンドユーザーから上がってきている切実な課題がトヨタ東日本の気持ちを動かします。早速、工場に足を踏み入れた小林さん。最初に問題視したのは、管理の状態が見えない状況でした。

味噌樽は、製造過程において「冷蔵」「温醸」「常温」という3つの貯蔵庫で保管されており、樽の数は多い時で300個にもなります。日南工業では、どの樽がどの醸造庫にあるかを、1人の職人の頭の中だけで管理していたのです。

味噌の発酵は様々な要因で、できあがりの色味が変わってしまいます。そのため、色味の赤いものと、白いものを混合して、一定の色味の製品に仕上げています。

実は、この混合する作業も、歴代の職人が勘やコツに頼って色味を決めていたことが判明しました。

クレーム件数が多くなったのは、その職人が会社を去ってからのことでした。全く同じやり方であっても、作業者によるバラツキにより、色の違いが顕著に現れてしまうのも当然です。また、色味の一定化に対する、お客さまから年々高まる要求もあり、勘・コツでは応えることが難しくなってきていました。

まさに“秘蔵”だった管理状況を知り、日南工業の社長や事務員たちも唖然としたと言います。「現場と、何度も確認していたのですが……。同じ話をしているつもりでしたがベクトルが違ったのです」と語るのは製造部の斎藤さん。トヨタ東日本の小林さんと、“同じ品質の味噌が、いつでも誰でも造れる”味噌造りの標準化に取り掛かります。

記憶に頼るな。
記録を頼れ。

小林さんが最初に取り組んだのは、味噌はどうやって造られるのかを教えてもらうことでした。味噌造りについて何の知識を持たない自身の勉強のためでもありますが、正しい味噌造りのプロセスを、改めて皆で確認し合うためでもあったと振り返ります。
「本来、あるべき製造方法と現場とのギャップが明らかになれば、今のやり方が正しくないことにきっと気づいてもらえるはず。そう思いました」と、課題に向けて一緒に解決するんだという立場を大事にしていきました。

ギャップを一緒に見つけよう。発見した課題を、ひとつずつ潰していこう。これが今回のカイゼン活動のテーマでした。

次に取り組んだのは、「どの醸造庫に、どの味噌樽が入っているか」の可視化です。管理ボードの作成を提案すると、社員自らが「ボードは私たちが作ります!」と言い、管理ボードが完成したそうです。これまでたった1人の頭の中にしかなかった味噌樽の状況を色分けし、それが「冷蔵」「温醸」「常温」という3つの醸造庫のどこにあるかの視える化ができるようになりました。

このボードのおかげで、醸造庫の状態を全員がひと目で把握できるようになるだけでなく、味噌の発酵管理や、出荷管理などもスムーズに行うことが可能に。さらに、適正な生産計画と製造ができるようになりました。

そして、もうひとつの課題であった、味噌の色合わせ。これまでは作業者の勘やコツに頼っていた混合作業に、精密な色測定機や、重量計、混合機を使用して作業の標準化を図ったのです。

赤と白の味噌を混合する前には、必ず重量計を使って、色の配合比を数値化し、その後、機械を使って均一に混合。手作業によって生まれてしまう色ムラもなくなりました。

醸造庫の可視化、勘の数値化、混合作業の機械化。製造部の斎藤さんとトヨタ東日本の小林さんは、“同じ品質の味噌が、いつでも誰でも造れる”方法を、ひとつずつかたちにしていきました。半年後、均一な色の味噌が完成するのを楽しみに待ちわびながら。

鉄も、
ナマモノと思え。

結果は、この日の小林さんの顔に表れていました。
「完成した製品を見れずに研鑽活動の期間は終わってしまったのですが、今日、お客さまからの声を聞いて、改めてほっとしています(笑)」と安堵の表情を浮かべていました。

細谷社長によると、研鑽活動以降に造った製品に対するお客さまのクレームは、なんと昨年の夏からゼロ件。さらに、古くから味噌を仕入れているラーメン屋さんからは、「最近、味噌の味や色が良くなったね」と喜ばしい反応もあったそうです。

クルマメーカーのトヨタが味噌造りに携わるという、異業種での活動は難しくなかったのかを小林さんに伺うと、こんな答えが返ってきました。

「うちの会社には、『鉄も生物(ナマモノ)だと思え』という教えがあります。在庫を抱えず素早く製造に回せ、という意味でしょうね。味噌も発酵食品として半年も日持ちがするのでつい時間を置いてしまいがちですが、できるだけ新鮮なうちに無駄なく造るということが共通していました」

さらに小林さんは「ここには、仕事ができないひと、怠けているひとは1人もいません。ただ仕組みがなかったから力を上手に発揮できなかった。トヨタ東日本が大切にしている『ひとではなく仕組みを責めろ』ということを身をもって実感しました」と満足げに語ります。

製造部の斎藤さんは、「担当業務の違いから、今までは事務所にいることが多かったのですが、普段から積極的に現場に足を運ぶようになりました」と振り返りました。トヨタでいうところの現地現物など、今回の研鑽活動での学びが多かったようです。

豊かな自然や、旧来の素晴らしい文化が残っている東北地方。

「今回の活動から学んだことと、この素晴らしい秋田の地の素材を生かした発酵食品を通じて、幸せな気持ちを与え続けたいですし、それが私たちの使命です」

細谷社長はすがすがしい顔で未来を語ってくれました。

東北カイゼン後記

TOHOKU KAIZEN EDITOR'S NOTE

味噌は出来上がるまでに半年かかります。
長い年月をかけて行う味噌造りは、忍耐力や精神力だけでなく、毎日味噌の状態を把握するための、細やかな気配りが重要でした。そのためにはまず社内のコミュニケーションと、作業の視える化の必要性を実感したそうです。研鑽活動を終えた皆さんは、まるで大家族のようで、仲良さそうに過ごす様子は、何とも微笑ましい限りでした。

お味噌汁、毎日飲んでます。

お昼休憩のチャイムが鳴ると、続々と社員の方が休憩室に集まってきました。そこで登場したのは大きな鍋にあつあつのお味噌汁。社員の皆さんには、毎日自社の味噌で作った味噌汁が配給されるそうです。温まり、味噌の味や色味も確認できるので一石二鳥。

ちょっと変えると、変わる!

カイゼン解説コーナー

◎倉庫を開示せよ。

多い時では300個もの味噌樽を1人で管理するというやり方を止め、管理ボードを作成しました。味噌の状態を社員全員が把握することで、無駄のない生産計画と製造を行えるようになります。

◎敵は天井からも来る。

天井に設置されている空調設備にもカバーを被せました。異物などの混入を防ぐためには、その根源を断ち、衛生的な職場を作ることから始まります。

◎“手”を信用するな。

これまで職人技で行っていた、味噌の混合作業を機械化。効率、そして精度もアップし、誰が行っても色ムラのない混合が可能になりました。

TODAY’S VOICE

みんなに質問!秋田のこと、お互いのこと

  • 名前
    細谷広志さん
    職業
    日南工業(株)代表取締役社長
    この春、スタートしてみたいことは?
    会社の未来を考える、未来会議の場を設けたいです。
    秋田県のおすすめ料理とお店を教えてください。
    「みや蔵」のたらしょっつるラーメン。
    トヨタ東日本との研鑽活動で一番印象に残っていることは?
    長年の課題であった、味噌の色調のクレームがなくなったこと。

    日南工業(株)
    代表取締役社長

    細谷広志さん

  • 名前
    相庭三栄子さん
    職業
    日南工業(株)製造部 係長
    この春、スタートしてみたいことは?
    ゆっくり温泉に行きたいです。
    秋田県のおすすめ料理とお店を教えてください。
    「潮乃屋」のたらしょっつる鍋。
    トヨタ東日本との研鑽活動で一番印象に残っていることは?
    トヨタ東日本の方の勉強熱心な姿に感動しました。

    日南工業(株)
    製造部 係長

    相庭三栄子さん

  • 名前
    齋藤寿秋さん
    職業
    日南工業(株)社員
    この春、スタートしてみたいことは?
    ロードレースの大会に出ること。
    秋田県のおすすめ料理とお店を教えてください。
    「チャイナタウン」の味噌ちゃんぽん。
    トヨタ東日本との研鑽活動で一番印象に残っていることは?
    入社して半年の私には少しプレッシャーがありましたが、一緒になって掃除をしてくれたことが印象的でした。

    日南工業(株)
    社員

    齋藤寿秋さん

  • 名前
    佐々木康人さん
    職業
    日南工業(株)社員
    この春、スタートしてみたいことは?
    今よりもさらに作業の効率化ができるようにしたいです。
    秋田県のおすすめ料理とお店を教えてください。
    「鳥海山」や「割烹淳」の季節の魚介料理。
    トヨタ東日本との研鑽活動で一番印象に残っていることは?
    誰がやっても間違いないように、仕事の標準化と視える化ができたこと。

    日南工業(株)
    社員

    佐々木康人さん

  • 名前
    西川雅人さん
    職業
    日南工業(株)社員
    この春、スタートしてみたいことは?
    テニスの練習です。
    秋田県のおすすめ料理とお店を教えてください。
    「清吉そば」の中華そば。
    トヨタ東日本との研鑽活動で一番印象に残っていることは?
    入社してまだ半年ですが、味噌の色合わせや混合を数値化して、結果が出てきたこと。

    日南工業(株)
    社員

    西川雅人さん

  • 名前
    大竹政晴さん
    職業
    日南工業(株)社員
    この春、スタートしてみたいことは?
    現状維持です。
    秋田県のおすすめ料理とお店を教えてください。
    象潟エリアで採れた岩ガキ。
    トヨタ東日本との研鑽活動で一番印象に残っていることは?
    味噌の色合わせの時、きちんと検量をして割合を管理するという方法に驚きました。

    日南工業(株)
    社員

    大竹政晴さん

  • 名前
    小林亘さん
    職業
    トヨタ自動車東日本(株)ものづくり研鑽室
    この春、スタートしてみたいことは?
    トレーニング。バーベル200kgを持ち上げたいです。
    秋田県のおすすめ料理とお店を教えてください。
    「まがりや」のまがりやセットです。
    トヨタ東日本との研鑽活動で一番印象に残っていることは?
    社員の皆さんから「楽しかった」と言っていただけたことです。

    トヨタ自動車東日本(株)
    ものづくり研鑽室

    小林亘さん

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ACTION CLIP
2018.2.8-9 AKITA

トヨタ東日本が東北の地元企業とともに復興の一端を担い、業種を越えて学びあう相互研鑽活動。長年、味噌の色の不具合が問題になっていた日南工業株式会社。「ある程度は仕方がないのかもしれない」と細谷社長が頭を悩ませていた矢先に、トヨタ東日本との相互研鑽活動がスタート。問題解決のために異業種同士が切磋琢磨する姿を追いかけました。