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特別インタビュー:佐藤圭太 挑戦が僕に教えてくれたこと〜最初の一歩に、勇気を〜

1年の始まりを祝う、勝利を。

15歳の時にユーイング肉腫を発症し、右下腿膝下を切断。高校1年生の時にリハビリのつもりで始めた陸上で短距離と出会い、導かれるようにパラリンピアンとなった佐藤圭太選手。競技に掛ける熱い想いと、パラリンピックを通して感じたこと、メダリストとなった現在の夢について語って頂きました。

SPECIAL INTERVIEW SATO KEITA

佐藤 圭太 Keita Sato 1991年生まれ、静岡県出身。トヨタ自動車所属。高校3年生の時にT44クラス*の200mで新記録を樹立。2012年ロンドン・パラリンピックの日本代表にT44クラスの100mと4×100mリレーで選出される。2016年リオデジャネイロ・パラリンピックではT44クラスで100mと4×100mリレーに出場し、リレーでは銅メダルを獲得。
※T44クラス 国際パラリンピック委員会が定めた障がいの度合いによるクラス分けの一つで、片方の足の膝下を切断した選手などが含まれる。

パラリンピックが教えてくれた
喜びと新たな課題

ー銅メダルを獲得されたリオデジャネイロ・パラリンピックは佐藤選手にとってどのような大会になりましたか?
佐藤 今回の大会では、100mでは自己ベストの更新と決勝への進出、4×100mリレーではメダルの獲得を目標にして臨みました。100mでは自己ベストが更新できましたし、リレーにおいては日本記録を更新して、銅メダルを獲得と、目標は達成できました。今回のリレーメンバーには、僕が足を失って落ちこんでいた時に出会った選手もいるんです。10年近く一緒にやってきた選手やスタッフ、コーチといった仲間とともにメダルをとれたっていうことが非常にうれしいです。反面、個人の走力における世界との差を今まで以上に感じた大会であり、100mが終わった時に、純粋に悔しいなっていう思いが湧き上がってきましたね。リオを体験して、(東京・パラリンピックへ向けて)あと4年しかないっていう焦りも感じましたし、この4年間でどれだけ(世界との差を)縮められるのか、4年後どうなっているのか、不安な気持ちも強くなってきました。

選手村の生活から感じた
暮らしやすい社会のあり方

ー競技以外でリオデジャネイロ・パラリンピックにおいて印象的だったことはありますか?
佐藤 3週間ほど選手村で生活したのですが、当たり前なんですけど、そこには障がい者しかいないんですね。選手村はバリアフリーに設計されているのですが、日本のバリアフリーに比べたら、ブラジルはまだ全然進んでないと思うんです。それでも選手達は特に何の支障もなく、僕自身も当たり前のように生活していました。選手村ではいろいろな障がいを持っている人と生活することが、普通で当たり前のことになっていて、これがパラリンピックの選手村だけではなく、もっと社会全体に広がっていけば、障がいを持つ方とかお年寄りの方とか、いろんな方がより暮らしやすい社会になっていくのかなと思いました。パラリンピックはスポーツの面ではチャンピオンシップとしての役割もありますが、そうした意味で、社会を変えられる可能性のあるところなのかなというのは、強く感じましたね。

仲間がいたからこそ
到達することができた高み

ー先日の「スポーツ笑顔の教室」の中で、佐藤選手が“仲間”の大切さを子供達に伝えている姿が印象的だったのですが、佐藤選手にとって“仲間”とはどのような存在ですか?
佐藤 自分を高めてくれる存在ですね。大学の陸上部に入ってここまで成長できたのも、日本一や世界一を目指す仲間がいてくれたからこそ、僕自身も慢心することなく4年間しっかりと成長できたのかなと思います。また、ともにパラリンピックに出た仲間も、彼らと出会ったおかげで、パラリンピックというものを知れましたし、仲間がいることで僕自身もその舞台で一緒に頑張って行きたいって思えているので。自分自身を磨いて高めていける仲間というのは本当に素晴らしいものだなと思います。
自分と同じように障がいを抱えてアスリートを目指す子供達に対しては、最初の一歩をがんばって踏み出してほしいなと思います。最初の一歩を踏み出す時ってすごく勇気がいると思うんですね。やはりどうしても恐いですし、そこにあまり向かいたくないなって不安な気持ちしかないんですけど、その最初の一歩だけを強く乗り越えていけば、すごく良い道が開かれるのかなと、僕自身感じているので、勇気をもって挑戦してくれたら嬉しいですね。

インパクトのある走りで
障がいに対する意識を変えていきたい

ーリオデジャネイロ・パラリンピックを終えた今の新たな目標を教えてください。
佐藤 100mで10秒台で走るっていうのが目標ですね。やはりそのタイムで走らないと、もうパラリンピックでメダルを獲るのは厳しくなってきます。100mを10秒台っていうと、もう健常者とあまり遜色ないタイムなんですね。義足の選手が健常者と同じくらいのスピードで走るっていうインパクトを与えることができたらなって思っているんです。「えっ、足ないのにこんな早いの!?」っていうインパクトが、パラリンピックをもっと知ることにつながったり、障がい者に対する見方というものを変えるひとつのきっかけになったりするのではないかと思うんです。走りを通じてそんなふうに影響を与えられたらと思っているので、このタイムを目標に頑張っていきたいなと思っています。

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