「聖途」と言う名前を叶えた男。特別インタビュー:一の山本聖途 リオ2016 オリンピック日本代表(棒高跳び)

SCROLL

  • twitterでシェア
  • Facebookでシェア

屈辱とプライドを胸に、
世界を見据える
孤高のボールター。

 13歳で棒高跳びと出会い、日本学生記録を更新し続けてきた山本聖途。2012年のロンドンオリンピックでは日本代表に選ばれるも、予選で自己ベストを下回る5m35に3度失敗し、記録なしの結果に終わる。あれから4年。単身アメリカ遠征を経験し自らを根幹から鍛え直し、屈辱と怪我を乗り越え逞しく成長を遂げたアスリートの胸には、どんな想いが交錯しているのか。世界に臨む熱い想いを語ってくれた。

山本 聖途 Seito Yamamoto

1992年生まれ。愛知県出身。トヨタ自動車所属。中京大学在学中、2012年から2013年にかけて男子棒高跳びの学生記録を続けて更新。2012年ロンドンオリンピックで日本代表に選ばれる。
2013年世界陸上モスクワ大会の男子棒高跳びで6位入賞を果たす。

初めて経験した、空白の時間。
あんなに悔しい想いは、
二度としたくない。

リオ2016オリンピック日本代表として、2度目のオリンピックが目前に迫っている現在、どんな心境ですか?
山本
今は、「勝ちたい」という思いがとても強いです。純粋に棒高跳びが好きという思いでここまで競技を続けてきましたが、この数年間で、より勝負に対する執着が強くなりました。これまでの陸上界、特に棒高跳びの分野では日本人が世界に結果を残すのは無理だと思われてきました。けれど現在の男子室内の世界記録は6m16。僕の自己ベストは、室内日本新である5m77。その差はわずか39cm。この数字は、決して超えらない壁ではないと思うんです。リオでは、4年前のオリンピックの悔しさを晴らすとともに、世界の強豪と競い8位入賞を目指しています。
勝負に対する心境の変化には、初めて経験した4年前のオリンピックが大きく影響しているのでしょうか?
山本
はい。ロンドンオリンピックを経験して、気持ちががらりと変わりました。日本代表として世界の舞台に立ちながら、結果は記録なしというとても悔しいものでした。オリンピックでは競技に臨む準備のすべてが選手の自己責任で、僕自身初めての世界遠征ということもあり、やることすべてが初体験。例えば棒高跳びのルールでは、助走の距離も歩数も決まりがないので選手それぞれの間合いに委ねられていますが、日本の大会の感覚でメートル計算で距離を測ろうとしたら、ロンドン大会では距離の単位がフィートで……。それが試合本番のフィールド上で発覚するという、初歩的な準備不足。加えて、8万人の大観衆。これまでまったく経験のしたことない地鳴りのような歓声が心臓にバーンと打ち付けられ、もはや自分が自分でいられないほど緊張していました。
では、その日の試合のことはよく覚えていますか?
山本
いえ、むしろ空白の時間というか……。棒高跳びの試合は通常3時間以上かかるのに、あの日はほんの5分ほどに思えるくらい短くて。夕方に試合が終わり、ユニフォーム姿のまま自室のベットの上で呆然と横たわったまま、気づいたら夜中の2時になっていました。それほど、ロンドンの記憶は真っ白なんです。あれほどの屈辱的な思いは二度と味わいたくない。その一心で、その年から積極的に海外遠征に臨み、経験値を上げてきました。

食生活、コミュニケーション能力、体幹。
単身渡ったアメリカですべてを鍛え直した。

単身渡ったアメリカ修行で得た、一番の収穫は何だったと思いますか?
山本
本格的に体づくりに取り組めたことですね。ロンドンオリンピック翌年、2013年の世界陸上モスクワ大会で6位入賞を果たすことができましたが、そのときすでに腰に疲労骨折を抱えていて、寝ているだけでも痛い状態が2年半近く続いていました。疲労骨折は手術で治るものではないので、腹筋と背筋の筋力強化を図るほかない。すべてのアスリートの基本である体幹を鍛え治し、自分自身の肉体と真摯に向き合ったことは、競技を続けていくうえで揺るぎのない自信になりました。

言葉も通じない国で、かなり自分自身を追い込んだのではないでしょうか?
山本
そうかもしれません。けれどロンドンでの悔しさを考えたら、どんな苦行も乗り超えられると思いましたし、かねてから海外で学びたいという想いが強かったので、行くならこのタイミングしかないと思いました。何より、海外での経験値がいかに重要かを痛感していましたから。最初の1週間は、正直かなりキツかったですね。肉体的なトレーニングの辛さはもちろんですが、意思の疎通が図れないメンタル面でのストレスが大きかったです。でも、せっかく1人で行っているのだから、吸収できるものはすべて吸収して、学べるだけ学んでやろう、と。おかげで、心身ともに大きく成長できた9ヶ月だったと思います。

人と違うことをしたい。
プライドの高さは人一倍。

競技としての棒高跳びの面白さはどこにありますか?
山本
棒高跳びは、半分陸上、半分体操と表されるように脚力、跳躍力、腕の力、バランス感覚など、総合的な身体能力を求められる競技だと思います。加えて、風向きや天候にも大きく左右される。僕は毎回試合に8本のポールを持って行きますが、長さも弾力もすべて異なります。その中から、その日の天候や自分のコンディションに合わせてどのポールを使うか、3回許される試技の中でどのタイミングでどの高さを狙っていくか。その選択ひとつひとつが、他の選手へのプレッシャーを与えると同時に、自分自身との駆け引きでもあるんです。
フィールド上では、孤独な戦いなんですね。自分自身にプレッシャーを感じることはありませんか?
山本
3本中2本失敗したら後がない。常に追い込まれる状況と隣り合わせの競技なので、プレッシャーには強い方だと思います。メンタルもフィジカルも、本番にベストな状態に持っていくことの重要性を4年前に痛感してから、周囲の状況をプレッシャーに感じることはありません。どんな状況下であろうとも、万全の準備で臨むことこそが、一番の味方。それに、昔から追い込まれるほど俄然やる気が出るというか、雨のような悪天候のときほどチャンスだと思えるし、「どうせ無理だろ」って言われれば言われるほど、勝負魂に火がつくタイプですね。AB型なのでちょっとひねくれているのかもしれません(笑)。
ちなみにベストな状態というのは、どうやって分かるのですか?
山本
イチロー選手のように、朝起きてベッドから立ち上がる最初の1歩で分かる。とまではいきませんが(笑)、その日の調子の善し悪しは、歩いた感じで分かります。言葉で表現するのは難しいんですが、歩いたときに、体の軸がドンと中心に据えられている感じと言うか、そういうときは調子が良い。競技に関して言えば、コンディションが良いときはポールを持っても重力を感じないんです。ポールを持ち上げて重いと感じたときは最悪ですね。もっと言うと、助走の走り出し最初の2歩で、手応えが分かってしまう。
最初の2歩で、ダメだ……と思ってしまったら?
山本
残りの16歩はもう、一か八か!です(笑)。とはいえ、それでも跳んでみないことには結果が分からないのも、棒高跳びの面白いところです。他の選手との駆け引きだったり、それこそ悪天候が味方になってくれることもあります。

競技にのみ集中し、楽しんで、
コルコバードの丘に立つキリスト像を、
晴れやかな気持ちで眺めたい。

いよいよ来月に迫ったリオデジャネイロオリンピックに向け、準備は万全ですか?
山本
はい。腰の状態は完治に近いほど治り、現在では充実した競技生活を送れていますので、今まで以上の山本聖途を皆様に披露できるよう日々精進しています。自分の持ち味は、世界のトップに引けを取らない助走のスピードと、常に前向きな精神力だと思っていますので、トヨタ自動車代表として、愛知県代表として、そして日本代表として、全力を尽くすだけです。
オリンピックといえば、山本選手の名前の由来について、おもしろい話を聞いたのですが。
山本
あぁ、最近よく聞かれるんですが、父が、「オリンピックの聖火台に向かって一途に頑張れ」という意味を込めて聖途という名前を付けた。っていうエピソードですよね。小学校のときに一度名前の由来を聞いたことはあったんですが、当時は「聖火台」の意味すら分かっていなかったので、恥ずかしながら、幼少期からオリンピックを目指して一途に……みたいな美談はないんです。ロンドンオリンピックのときに改めて自分の名前を話題にしてもらって、初めてその意味を理解したっていう(笑)。
しかしながら、お父様は元短距離選手、お母様は元跳躍選手という、いわば陸上競技のサラブレットですよね?
山本
僕は三男坊なんですが、長男は俊足の俊。二番目の兄は跳躍の躍。と、それぞれ両親の競技に由来する漢字が名前に入っているんですが、三番目はどうする?ってなったときに、残る陸上競技といえば「投げる」くらいしかないんですよ(笑)。でも、さすがに「投」の字はないだろうってことで、聖火を由来にしたみたいです。名前には入っていませんが、俊足と跳躍力という棒高跳びに欠かせない能力を両親からしっかり受け継ぐことができたんだと、今では思っています。
世界の大舞台に向け、いま自分自身を鼓舞する原動力は何だと思いますか?
山本
現在、世界トップと言われる選手たちは、大学時代から共に肩を並べて競いあってきた自分と同世代の選手たちです。先日もアメリカのサム・ケンドリック選手が自己ベストを出したという速報を彼のFacebookで見て、思わず、クソーッ!と声を上げちゃいましたね。彼らは良きライバルであり、彼らの活躍を見ると心が揺さぶられるほど、闘志が沸き起こります。自分も負けていられませんから。同世代の選手たちと世界の舞台で競演できる、これほど素晴らしいことはありません。4年前は心臓を打ち砕かれた8万人の怒号も、今の自分なら、勝利へ導く追い風と思って受け止められる気がします。
(2016年7月12日・16日 トヨタ自動車・中京大学にて)
写真:
松本昇大
文:
西野入智紗

BACK TO TOP

WHAT WOWS YOU.

このページをシェア
  • twitterでシェア
  • Facebookでシェア