開発者の想い
INTERVIEW 04
「安全」の進化を支え
広めていく縁の下の力持ち
デジタルソフト開発センター UI商品開発部
船原 信孝
TOPICS
トヨタ自動車では、クルマの開発だけでなく、運転講習や啓発教育など、さまざまな場面で交通安全を支える人々がいる。そんな「安全安心」を紡ぐ人々に対して、それぞれの立場から「安全」への想いをインタビュー。第四弾は、新たな技術として走り始めた「OTA SU(Over the Air Software Update)」のプロジェクトマネージャ船原信孝さん。無線で行う安全支援システムのアップデートにかける想いや未来の展望を聞いた。
事故低減への想いからクルマ業界へ
入社以来、安全領域の分野で働かれている船原さんですが、入社動機にその後の仕事を決める、ある想いがあったそうですね。
大学では工学を学んでいましたが、クルマを自分で所有することなどなかったので、将来クルマの業界に進むとは思っていませんでした。しかし在学中に、中学時代の同級生を交通事故で亡くすという、ショッキングな出来事がありました。病気や老衰以外で、突然命が絶たれて身近な人がいなくなるということに、強い衝撃を受けたのです。社会における自分自身の身の振り方を考えた際に、事故低減の分野があることを知り、進路を決める動機となりました。そして縁があり2007年にトヨタテクニカルディベロップメント(TTDC)へと入社し、今日まで安全領域に関わることになりました。
安全技術が世に広まっていく手応えを感じた
入社当時は初期のプリクラッシュセーフティシステム(PCS)など、安全技術を搭載する車両を増やしていく業務を手掛けられています。実際の業務にあたって感じたことを教えてください。
当時はミリ波レーダーで対象物を検知して、衝突被害軽減ブレーキを作動させるPCSの初期型が世に出たばかりでした。出始めのこともあり、社会的な認知が広まっておらず、購入してくれるお客様も少なかったです。しかしセンサーの技術革新に伴い、事故低減率が高まるにつれて「自動ブレーキ」として世の中に注目される分野になってきました。
そして、トヨタ自動車でもTSS(トヨタセーフティセンス)という予防安全パッケージが新たに登場しました。TTDCの一部がトヨタ自動車に統合され、私自身は2015年頃より「オーリス」に、トヨタセーフティセンス(TSS)-Cを搭載する業務を手掛けていました。「安全技術が世の中に広まっていくんだ!」という手応えを感じ始める日々でした。その後、改良が重ねられたTSSの第三世代(TSS3)が生まれた時には、サブプロジェクトマネージャとして、車種担当から全体を見る立場となりました。評価環境構築や車種担当の取りまとめなど、車種に搭載する前段階での仕事が主でした。
クルマを買い替えなくても更新できる技術
さらに、2019年より「OTA SU」という安全技術を包括的にサポートする仕事へと分野が変わりました。まずは、「OTA SU」について教えていただけますか?
OTAは「Over the Air」の略語で、「SU」は(Software Update)を指します。身近なものだと、皆さんがお持ちのスマートフォンやパソコンもなど定期的にアップデートのお知らせが届き、そちらを実行されているかと思います。 同様にクルマでも、無線通信(OTA)でソフトウェアを更新する(SU)ことを指します。担当になった当初は、「とうとう、クルマの世界にもOTA SUが登場するようになったのだな」と感じていました。「OTA SU」によってクルマを買い替えることなく、最新の安全技術にアップデート可能なクルマに乗れるようになったということです。「OTA SU」を使って、トヨタ車全体の安全性能向上を支え、お客様の安全と安心を守ることにつながっていけば良いなと考えています。
OTA SU領域は船原さんにとっては新たな分野での挑戦になったと思いますが、どのような想いで仕事に取り組んでいきましたか?
当時、私そして社内の中でも「走る・曲がる・止まる」に関わるOTA SUは新しい領域でした。未開拓な分野に道をつくるつもりで取り掛かりました。クルマの根幹となる「走る・曲がる・止まる」に関係するソフトウェアをアップデートする仕事ですから、人命にも関わる重要な技術と肝に銘じて、とにかく品質第一で日々の業務を遂行していました。
トヨタ自動車では「OTA SU」という手法に対して、利便性向上ではなく、まずは安全領域での活用を目指しました。
トヨタが目指す「交通事故死傷者ゼロ社会の実現」は社会全体の課題だと認識しています。まずは安全そして安心を担保しつつ、利便性を追従求するのではないでしょうか。「OTA SU」という基礎技術を着実に実施していき、やがてすべてのクルマに広まれば、最新の安全技術が常に享受でき、交通事故は大幅に低減できると思います。今やスマートフォンが多くの人々に行き渡り、日々アップデートされているように、クルマにとっても「OTA SU」が当たり前となる社会が到来するはずです。その未来に対して、より早い提供、受け入れやすい環境をつくるのが私たちの仕事だと思っています。
「OTA SU」をいかに分かりやすくお伝えできるか
「OTA SU」は新たに走り始めた技術で、クルマのユーザーにとって馴染みのないものでした。
広めていく上で工夫されたことなどを教えていただきたいです。
最新の安全技術をどうアップデートして広めていくかは常に大きな課題となるところですが、そのためのプロセスや運用の手順を考えるのが大変でした。実施に当たっては、今まで関係性の薄かった社内の部署とも緊密に関わる必要が出てきました。日進月歩に進化していく各安全技術の担当部署と話し合い、何をアップデートさせるかの相談をします。さらにトータルのバランス設計、法解釈も踏まえた実施も考えなければなりません。一つの分野にフォーカスして技術を深化させていく、今までの仕事とは進め方がまったく違ってきました。
新しいクルマに買い替えれば、新たについてくる装備とは違うので、ユーザーであるお客様自身に「OTA SU」を実施いただく必要があります。そのため「OTA SU」をいかに分かりやすく、有用な技術であるかをお伝えする必要があり、ホームページの素案を考えるような業務も行います。さらにお客様の窓口となる販売店にも、理解していただく必要があり、従来よりコミュニケーションが必要な関係部署や人々が一気に広がっていったのを感じました。私自身、初めて関わる分野が多かったため、初心に返り、とにかく周りの方々に質問を繰り返す毎日でした。安全技術の広がりを妨げないために、縁の下の力持ちに徹する必要性を感じています。
安全で安心なクルマ社会を実現するために
安全技術が今以上に「人に寄り添う存在」になるために今後「OTA SU」が果たすべき役割はどのように捉えていますか。
おかげさまでトヨタのクルマを持っていただいているお客様が多いので、私たちが「OTA SU」を提供することで、実社会への影響度は高いと思っています。老若男女を問わず、いろいろなお客様に活用していただくことではじめて、交通事故低減が広まっていきます。トヨタ自動車としては、どなたにでも分かりやすいケアを目指しております。それは安全をも含む、安心感のあるクルマ社会の実現につながる大切な考え方だと思っています。
個人的な見方になるかも知れませんが、安全技術はどうしても技術開発に重きが置かれがちです。しかし、開発された良い技術を、実社会に届けて浸透させていくことも欠かせません。ですから、「OTA SU」を通じて、新たな安全技術をより多くのクルマに載せることに、誇りを感じて仕事をしています。
「安全」という大きな目標に向き合い、広めていく上で大切にされていることを教えてください。
トヨタのクルマを持っていただいております色々なお客様に対して、分かりやすく、受け入れやすい提供の仕方をお伝えするのが大切です。例えば、運転に不安を感じていらっしゃるお客様に「この技術があれば、私の運転の弱点を補強してくれるんだ」と感じていただくことが大切になります。将来的には、ドライバー各人の運転技術に寄り添った「OTA SU」ができると思っています。
「トヨタの安全」という意味で、ご自身やチームで共有しているものはありますか?
お客様目線、お客様にとって何がいいかを考えるマインドがこの会社にはあると思います。もちろん、組織として様々なお客様の声を集めて、開発やサービスに反映させることはしておりますが、個人ベースでも、日々アンテナを張ってお客様の声を拾い、メンバーに共有するようなこともしております。やはりみんな気になっていますよね。お客様の意見はしっかり聴きたいというのが根本にあります。
最後に船原さん自身が描く「安全技術」の未来や今後挑戦してみたいことを教えてください。
私事ですが、去年新しい家族が増えました。新生児をクルマに乗せて病院から帰宅するまで「揺らしてはだめだ」と恐る恐る運転したのを覚えています。ドライバーはもちろん、同乗者も安心できる安全運転の支援というのが次のステップには、重要になるだろうと身に染みて思いました。
さらなる未来を描くとすると、現状クルマはカメラやレーダーなり、クルマ単体のセンサー類を使って安全運転の支援をしています。社会全体でみると、それはクルマを点という視点で捉えていることになります。しかし技術が進めば、それがクルマ同士のつながりになる線が生まれ、その先には地域という面で社会全体を考えることができるようになると思います。そこで何ができるのか、まだまだ自分が挑戦しなればいけない領域は広がっています。
「安全安心」を世の中に広げていくためのチャレンジと進化はこれからも続く。