ラッパーとして日本のヒップホップシーンを牽引する傍ら、ラップバトル審査員、舞台の音楽監督、プロデュースなど多方面で活躍するKEN THE 390さん。かつてはサラリーマンとして大企業に勤めながら、ラッパーとしての活動を開始。服装、リリック、パフォーマンス、あらゆる面でそれまでの“当たり前”を覆してきた異色のラッパーでもある。突き進むは、自分の道。貫くは、自分の信念。その揺るぎない姿が、唯一無二を追求するヴェルファイアに重なった。そんな挑戦し続けるラッパーが、思いを語りながらハンドルを握り、東京を走る。
その姿は、“ラッパー”という言葉から想起するイメージとはかけ離れていました。穏やかに話す、爽やかな好青年。KEN THE 390さん(以下、KENさん)は、耳あたりの良い声で、自身の歩みを語り始めました。
KENさんがヒップホップに出合ったのは、高校2年の頃。「最初はヒップホップの不良性とか破天荒な部分に惹かれた」という通り、進学校に通う自分との距離がそのまま憧れに。そして続けるうちにシンプルでいて奥深いラップの世界に魅せられ、その世界に没頭していったといいます。
曲作りとライブを行いながら勉強も続けたKENさんは現役で早稲田大学に合格。大学時代もヒップホップが中心の生活となりますが、同時に就職活動にも全力で臨み、卒業後は誰もが知る一流企業に就職しました。しかしKENさんの音楽は、終わりません。
「会社に入るから音楽を辞めるという選択肢はなかった」
働きながら音楽を続け、会社帰りにライブに出ることも度々。
しかし「仕事が終わって、普段の自分とは違うスタイルでライブに出たら、それは嘘になる」と、ありのままのスタイルでステージに上がることで、少しずつKENさんらしさが出来上がっていきます。
「それまではヒップホップの不良っぽさや、ルードなところをイメージした内容が主流だったけど、普段会社員として働きながらラップを続けることで、自分はどういう人間なのか、に目が向き始めた。自分とは違う理想を歌っても説得力がない。今の自分を落とし込んだ上で、葛藤があるなら、その葛藤を言葉にすれば良い。そういう風に捉えてから音楽もうまくいきはじめました」
後に日本のヒップホップシーンで絶大な存在感を示すKEN THE 390の偉業は、この時から動き始めたのかもしれません。
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会社員とラッパーというハードな両輪の生活を続けたKENさんですが、やがて選択を迫られます。仕事も音楽もさらに多忙になり、睡眠時間は減る一方。いよいよどちらかを選ぶしかなくなったのです。
「どちらかしかできないなら、自分が熱量を持ってやれることの方を選びたい。だったらラップしかない。とても自然にそう決められました」
退職し、音楽活動に専念し、やがてメジャーデビューを果たしても、KENさんのスタイルは変わりません。
その“不良っぽくないラッパー”という存在は、社会の中では普通でも、当時のヒップホップというシーンの中では異端。時には周囲からのあからさまな批判などの逆風にさらされることもありました。しかしKENさんの芯は揺らぎません。自分らしさを真っ直ぐ言葉にして伝えるうちに、徐々にその存在は周囲に認められはじめました。
“ディスる”という表現は、ヒップホップにおける正当な文化。何かを強く否定し、不満や不平を吐き出す手段です。しかしKENさんと話していると、その言葉に否定が極端に少ないことに気づきます。たとえ自らと異なる価値観であっても「そういう考えもありますよね」とすんなりと受け入れてしまうのです。
もちろん数あるKENさんの作品の中には、強い言葉を使うリリックもあります。しかしそれはあくまで自分の中から湧き上がる激情。人と比べるのではなく、自分がどう思い、どう感じるか。
自分の信じる道を進め。
KENさんのリリックの中で、繰り返し伝えられる言葉。
それは自身が歩んできた道を誇り、いま悩んでいるすべての人に伝える力強いメッセージなのです。
スタジオでの収録を終えて、ヴェルファイアに乗って移動。
ブラックボディのヴェルファイアが、スマートなKENさんのスタイルに良く似合います。
「めちゃくちゃ進化してますね」
都心の道を走りながら、そうつぶやくKENさん。日頃から自身でハンドルを握ることが多いというKENさんは、このヴェルファイアの走りの進化に自身の思いを重ねます。
会社員とラッパーの二足の草鞋、グループのプロデュース、舞台音楽。ラッパーとしてこれまで誰もやらなかったことに挑戦し、日本におけるヒップホップの多様性に貢献してきたKENさん。しかし、その毎日の中に「挑戦しよう」という思いがあったわけではないといいます。
「大切なのは、成長すること。去年できなかったことができるようになる。昨日の自分より上手くなる。そこに集中することで、道は出来上がっていくのだと思います」
東京の道を走り抜けるヴェルファイア。
その力強い走りに触発されたのか、KENさんはさまざまな話を聞かせてくれました。
日々移り変わるラップの流行の中で、テンポが上がり疾走感が出てきたという近年の傾向の話。過渡期を過ぎ、日本文化に定着しつつあるヒップホップの今。そして「その時、その年齢の自分にしかできないラップを歌い続けたい」というKENさんの夢。
「リズムに乗せて言葉を伝えればもうラップ。道具も練習も必要なく、すぐに始めることができますし、名乗ってしまえば誰もがラッパーになれるんです」
そうラップの魅力を語るKENさん。その言葉は続きます。
「でも、だからこそ奥が深い。誰でもできることで、どう差をつけていくか。どう自分を表現していくか、どう成長していくか。比べるのは他人ではなく、昨日の自分。それが大切だと思います」
窓の外を流れる東京の街並みを前に、その言葉は力強いメッセージとして心に響きます。
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