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田中義和MIRAI 元開発責任者/
チーフエンジニア
(初代~2代目) -
清水竜太郎CROWN & MIRAI
現チーフエンジニア
(2代目~)
国内初の量産FCEV(燃料電池自動車)、
MIRAIの誕生から10年。
初代、そして2代目の開発を担当した
二人のチーフエンジニアが開発エピソードを語る。
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FCEV・MIRAI、
その誕生は2014年。MIRAIの企画を社内提案したのは2012年。
そこから2014年度の完成を目指して開発が続いた。
FCEVの開発が始まったのは1992年、1996年には試作車が大阪の御堂筋を走っています。その後、量産化に向けての改良は続き、私は2012年初めからFCEV開発を担当しました。2012年にMIRAIを提案し、そこから約3年間かけて初代MIRAIが誕生しました。FCEVの開発は、1992年から始まり、2005年に初の型式認定を取りましたが、当初は一般販売していませんでした。新エネルギー技術の開発として、燃料電池ロードマップ2010が産学官連携で推進され、他社と共にFCEV 開発に取り組み、2014 年にMIRAI として量産化しました。当時、リーマンショックの影響下にあって『こんなにチャレンジングな開発を本当に続けていいのだろうか。』と悩みましたが、今思うと、あの頃のみんなの頑張り・FCEV に懸ける思いを形にできて本当に良かったと思います。あの時MIRAI を出していなかったら、今のFCEV や燃料電池を取り巻く動きは無かったと思います。
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2代目の開発が始まる2017年、
現在のチーフエンジニアである清水氏が
開発プロジェクトに参加する。
私がプロジェクトに来たのは、2代目の企画が始まった2017年からです。
それ以前は、MIRAIの生産側にいました。工場での量産体制を構築するのですが、FCEVならではの特殊な構造や組み付けを、いかにしっかりと作っていくかという課題に取り組んでいました。
清水さんが中心メンバーとしてプロジェクトに加わってくれたのは、2代目の開発提案時でしたね。燃料電池自動車だからではなく、いいクルマだから乗りたくなる。そんなクルマにしたいという思いは二人とも同じで、開発を推し進めました。 -
新技術誕生にまつわる、
産みの苦しみ、大きな歓び。数多くの果敢なチャレンジ。
これ無くして新技術が生まれることはない。
このクルマの開発は、すべてがチャレンジでした。従来のエンジンとはまったく違う、FC(燃料電池)ユニットですから、設計も製造方法もすべて白紙状態からです。特殊な構造の製品を、年間700台の少量生産ラインで、どうリーズナブルに作れるかという問題もありました。あらゆる局面で数多くの未知へのチャレンジがあり、全社を挙げての頑張りが必要だったのです。開発途中には、製品化が難しいのではないかという声もあったほどです。
そう、技術側にも、生産側にもチャレンジが必要でした。つまり、MIRAIプロジェクト自体がチャレンジですから、じゃあ全体でいろんなチャレンジをしようよ、という感じになりました。おかげで、車両開発の技術も、生産技術も、そうとう大きく進歩したと思います。開発が終わった時は、これまでにない達成感がありました。
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航続距離400マイルを目指して、
2代目の開発終了直前にタンク追加!
水素ステーションなどインフラの制約がある中で、お客様により使い勝手良く、より楽しく乗ってもらうためには、やはり航続距離を長くすることが必要になります。一般のEVに要求されるのは300マイル(約480km)ですが、アメリカのお客様の声を反映し、FCEVとしては400マイル(約640km)の航続距離を目標としました。航続距離を増やすためには、タンク容量を増やす必要があり、当初2本だったタンクを3本に増やしました。これには、さまざまな技術課題があってそう簡単にはいきません。コスト面だけではなく、車両重量の問題や、衝突安全性の問題もあったんです。
燃料タンク3本化が決まったのは2016年後半、プラットフォーム開発の最後ぐらいです。そこからボディ設計も変えなければいけないし、後突時の安全性から見直す必要のあるたいへん大きな企画変更となりました。
ただ、これをやらないと400マイルはまず達成できないので、みんな必死で取り組みました。結果、2017年中になんとかプラットフォーム開発を完了させることができたのです。 -
MIRAIに注ぎ込まれた
こだわりの設計。燃料電池自動車である前に、
まず走りが楽しいクルマであること。
目指したのは、やっぱり走って楽しいクルマです。初代の開発の時も、当時の社長から、『環境によいというだけでなく、とにかく乗って、走って楽しいクルマにしようよ。』と言われました。
そうでしたね。特に2代目では『クルマ本来の魅力で選んでいただいたお客様が、後で燃料電池自動車だったということに気付く』ということを目指しました。それぐらいこのクルマはかっこ良くて、走りも良くて、クルマ本来の魅力にあふれています。初代では、燃料電池技術を前面に出したんですが、2代目はクルマとしての本質により攻めこみました。
田中さんと2人で、東富士テストコースで試作車に乗った時、『なにこのクルマ、めちゃくちゃいいじゃん。』と、2人で顔を見合わせて思わず笑顔になってしまったのを今でも覚えています。
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ボディのいたるところに、
こだわりのデザインが込められている。
2代目MIRAIなんですが、実は、開発当初デザインが迷走していました。そこで、私たちは初心に返り、ご神体と呼ばれるデザインコンセプトを造形したものがあるのですが、そのご神体が持つ美しさを忠実に再現しました。結果、至る所にこだわりのデザインが感じられるようになりました。
例えば、空気を切り裂いて走るようなシャープなフロントマスクの造形とか、リヤフェンダーの張り出しは “泣きの5㎜” で実現できた抑揚感ですね。あと、このカモメルーフは全高を低くするための工夫です。ルーフが普通に丸い形状だと全高が上がり、前面投影面積が増えて燃費が悪くなります。これも走りと航続距離のためのデザインなんですね。
そうそう。燃費をよくするために、空気抵抗をどこまで落とすかはすごく重要なんです。
それから、この外板色。フォースブルーマルチプルレイヤーズというボディ色も苦労しました。
他社の話ですが、かなりきれいで評判のいい赤のボディ色があるんですよ。それに負けじと生産現場がトヨタならではの “青”を創りたいということになったんです。最初は大丈夫かなと心配しましたが、彼らは最後までやりきってくれたんです。
そうなんです。青という色は、色ムラが目立ちやすいので、深みある青を作り出すのは非常に難しいんです。だからこそ、トヨタにしかできない青を追求したんです。
できあがった青を販売店から好評いただいた時は本当にうれしかったことを思い出します。そして、この色は私たちにとって非常に思い入れのある“青”になりました。 -
給電システムを標準装備。走りだけではなく、
社会に役立つ公器でもありたいという思いから。
MIRAIには全車標準で給電システムが付いていて、ここから外部給電ができます。災害時に停電しても、これで家庭や施設に向けて電気を供給できるんですよ。MIRAI購入にあたり補助金をいただいていますので、社会の公器としての役目を果たすべきだと考えています。だから、オプションではなく標準装備にしています。
これは、災害時だけでなく、いろいろな使い方ができます。ある有名なミュージシャンの方がMIRAIのオーナーで、彼はここから電気を取り出してライブの楽器を鳴らしてるんです。これだと、音も変わるらしいですよ。そういう新しい使い方もしてもらって、水素の魅力を世の中にどんどん伝えてもらえるといいなと思っています。
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誕生 10周年を迎えて、
いま思うこと。MIRAIが先駆けとなって、
世界中に水素社会が広がっている。
10年経つ間に2代目が出て、燃料電池はクラウンにも搭載されました。当初の生産能力は年間700台だったのですが、今やオーダーさえいただければ何万台も作れるようになりました。さらに10年の間に、クラウンセダンをはじめ商用車にもFCEVが広がりました。
MIRAIはそれらの先駆者であり、たぶんMIRAIがなかったらこうなってはいないだろうと思うと、とても感慨深いものがあります。
開発の時に頑張って、本当に良かったなと感じています。
そうですね。いま世界中に2万台ものMIRAIが走っていて、ヨーロッパではタクシーでの活用も広がっています。そしてFCEVは、乗用車だけじゃなく、バスや救急車やゴミ収集車にもなっていて、それらはすべてMIRAIが起点になっているんです。未来に向けたFCEVの大きな動きが、MIRAIから始まってるんですね。 -
オーナーの方達が伝道師のような熱意で、
FCEV・水素社会を広めてくれていることに感謝。
MIRAIのオーナーの方達に対して、失礼な言い方かもしれませんが、一緒に水素社会を作ってくれる“仲間”だという意識を抱いています。MIRAIを選び、水素ステーションの制約など、不便もある中で諦めずに乗っていただいていて本当に感謝しています。
皆さん、クルマ自体はすごくいいと言ってくれますし、本気でこのクルマを応援してくださっているという感じですね。
オーナーの皆さんには、本当に感謝です。MIRAIをとても気に入ってくださって、すごく仲間意識も強いんですよ。自分たちが時代の先駆けになって、水素社会を一緒に作っていくという自負もお持ちのようです。
我々が特別にお願いしたわけではなくて、ただFCEVを広げようとしてくださっている。そういう点も含めて感謝しています。
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次の10年へ。
MIRAIとFCEVが向かう先は─。商用車や公用車でニーズが増加。
ここを起点にして、
水素を社会にもっと広げていきたい。
FCEVを広げ、インフラも増やしていく上では、商用車が大きなキーになると思っています。使用する水素の量という点においては、小型トラックはMIRAIの約30倍にもなります。
また、一般の方に水素を身近に感じてもらい、魅力を理解してもらう上においては乗用車はすごく有用です。そして、公用車や法人車でのニーズにも着目しています。クラウンにFCを載せた理由のひとつは、そんなところにもあるのです。
つまり、社会における受容性を上げたいと考えているんです。
水素のインフラ拡充とか需要の活性化については、水素消費量の多い商用車を軸にしていきます。これに加えて乗用車のニーズもさらに厚くして、FCEVが世の中で“当たり前”になるようにしていきたいのです。水素に対して興味や理解がもっともっと進み、その社会での受容性が上がることに大きな期待を寄せています。 -
水素の未来を拓く先駆けとして誕生したMIRAI。
これからも水素社会の先頭を走り続けていく。
水素社会の未来、こどもの未来、エネルギーの未来。それらの先駆けになりたいと、MIRAIは命名されました。誕生から10年が経ち、次は商用車ですよとか、全国で新しいプロジェクトが動いていますとか、言えるぐらいになりました。水素の未来は確実に近づいていて、今まではその土台づくりの10年だったと思っています。今後はさらに明るい水素の10年に向かって、MIRAIは走り続けてくれると信じています。
田中さんがおっしゃった通り、水素の基盤はこの10年で確実にできてきたと思います。我々はこれを次の10年にしっかりと繋げたい。そのために、水素で走るクルマを通して、水素への理解がどんどん深まるようにしていきたいのです。
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クルマとして、社会の公器として、
FCEVを世の中にどんどん広げていきたい。
FCEVの使い方として、電気を作る、使う、貯めるなど、走る以外の使い方も理解されてきたような気がします。これが、もっともっと広がるといいと思います。
クルマは、いつも身近にあって家族や仲間と乗ることで、人と人を繫げてくれます。FCEVは走りだけではなく、環境問題に貢献する公器としての役割も期待できます。FCEVのあらゆる使い方を通して、水素が広がっていくことに期待しています。
私たちは、モビリティの提供を通してお客様や多くの方々をどんどん仲間にして、水素社会を広げていきたいと考えています。

