RAV4 -time slip Story- 1998→2020 モータージャーナリスト・木下隆之のオレの一族が愛したクルマ

STORY 2

RAV4は、大人の“好奇心”を
かきたてるクルマ。

 新しい家族となる“RAV4”が我が家にやってきた日、空は抜けるように青かった。白い雲は油性の絵具で重ね塗りしたかのように、くっきりとした輪郭を伴って浮かんでいたのを今でもはっきり覚えている。
 RAV4を見た母は、『きやっ』と少女のようなはしゃいだ声を上げ、目の前の丸いクルマを丁寧に観察してこう言った。
「面白い形をしているわね。宇宙船みたい」
 RAV4は、母のイマジネーションを刺激したようだ。

独創的なスタイリングは、
走行性能の良さも物語る。

 僕が初めて母にプレゼントしたRAV4は、シリーズの中でも小さな『J』というグレード。シルエットは浮かぶ雲のように丸く、さらにフロントマスクは水中で泳ぐ生き物のような流線形の印象だったが、母には空に浮かぶ宇宙船のように見えたらしい。
 サイドのボディラインはウネウネと隆起しており、さらに特徴的なのは車高の高さ。浮いているように見えたのはそのせいで、悪路走破性を高めるため最低地上高に余裕があるからである。
「これなら山菜採りにも活躍してくれそうだね」
 そう言って、ラウンドしたフェンダーをポンポンと叩いて笑った。それが、母がRAV4を家族として受け入れた証のように思えた。

活動フィールドを広げる
頼もしいパートナー『RAV4』。

 母はとても行動的だった。父が残してくれた山小屋のある長野へ、ひとりでRAV4を運転して元気に通った。夫が倒れいったんは憔悴したものの、RAV4がやってきてからは顔色が良くなった。
 実家から長野県の山荘までは、のんびりした母のペースで走っても、3時間ほどで行くことができた。旅というよりも、母はちょっとしたドライブ感覚で実家と山荘を往復した。中央自動車道を経由し、長野自動車道をしばらく進むと林道に降りる。強い勾配が続くのだが、母を乗せたRAV4は力一杯に元気に駆け上っていたのだ。
「エンジンは2000ccもあるんだよね。だからグイグイと登っていってしまうのよ」
 僕の方が専門家なのに、母は自慢げにRAV4 を褒めることが多くなった。

RAV4の包容力と行動力が、
母をアクティブにさせる。

 RAV4のラゲージスペースを、摘み取った山菜を入れた籠でいっぱいにして帰ることも少なくなかった。春になれば、たらの芽やふきのとう、ときには野球のバットほどもある太いうどを持ち帰ることもあった。
 そんな日は、家族が手分けして下処理をさせられた。陽が暮れると天ぷらの家族パーティーになった。ちょっと苦い大人の味に、孫たちは眉をしかめたけれど、母の嬉しそうな顔を眺めながら、みんな美味しそうに頬張った。
「このうどはねぇ、山の奥まで行かないと採れないのよ。秘密の場所があるんだけどね。誰も踏み込めない細道だから、たくさん生えているのよね」
 母のRAV4に少しずつ擦り傷が増えていったのは、その秘密の場所で山菜を採るからなのであろう。おそらく草木がぼうぼうと生えた未踏の細道をぐんぐんと、行動的な母を乗せたRAV4は踏み込んでいったに違いない。ボディサイドの樹脂製のカバーに小枝や草木が撫でた形跡があったけれど、むしろそれは母がアクティブに人生を楽しんでいることの証のような気がして微笑ましかった。RAV4は年を重ねた母をさらに元気にさせるパワーを秘めているのだと思えた。

一緒なら、どこまでも行けそうな気がする。
我が家のRAV4は、時をかける宇宙船。

 RAV4はとても不思議なクルマのように思えた。その特異なスタイルはとても個性的なのに憎めない。やや人見知りの母を、一眼で虜にしてしまった。宇宙船のように浮かぶボディは、本当に宇宙船のように母の行動半径を広げた。空に浮かんで移動することはできなかったけれど、長野の秘密の野山に分け入って、たくさんの山菜を僕らの家族に届けてくれるRAV4は、まるで浮いたまま母を運んでいるかのような軽快さで、無限の広がりを感じさせた。
「ちょっと背が高いでしょ。だから私でも先が見通せるのよ」
 渋滞路も苦にならないという。
「ボディの隅っこが丸くなっているでしょ。だから駐車するときにも困ることはないわ」
 いつも自慢げに運転のしやすさを分析する。そしていつもこう口にする。
「RAV4がいると、どこへでも行けそうな気がするのよ」
 やっぱり母にとっては宇宙船なのだ。

 そんな母に寄り添ったRAV4は、僕たちの家族の一員になってから数年後、母と同居する姉夫婦の長男に委ねられることになる。

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