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Chief Engineer 小鑓  貞嘉 Photo
Chief Engineer 小鑓  貞嘉 SADAYOSHI KOYARI

アフリカ、中東、オーストラリアと、ランドクルーザーが走っているところへ出向き、現地のユーザー、大自然とのコミュニケーションを通じて世界最強のクルマ作りをする小鑓貞嘉チーフエンジニア。
<大陸の王者>ランドクルーザーの開発責任者は、どのようにランドクルーザーブランドを継承し、進化させ、誕生させたのか。

失敗を成果として積み上げた学生時代
小学生の頃だったか、学校から帰ると父親がどこからか持ってきた自転車を修理していた。走れるように直したと思ったら、また違う自転車を修理している。小鑓氏もはじめは変わった趣味だなと思ってみていたが、それでも人のために自転車を直す父親の後ろ姿を見続けているうちに、興味が湧いてきた。 「ひたむきに作業をしている父を尊敬していました。すると工具を手渡し、手伝わせてくれました。最初は見よう見まねでやり始めたら、これがおもしろい」 原動機付自転車免許を取得すると、一足先に乗っていた兄の原付に乗ったことで、動力を持った乗り物が大好きになる。 「乗るのも楽しかったのですが、メンテナンスやチューニングに興味を持ち始めて。どこがどうなって動くのか、その仕組みが知りたくてたまらなくなって、エンジンをばらばらにしてみたり。メンテナンスといっても直しているのか、壊しているのか、兄も首をかしげていましたが」
ゴールにたどり着かなければ意味がない
興味を持ったものはとことん追求するのが、小鑓氏のスタイル。数々の失敗はいつしか成果となることを、小鑓氏は体験を通じて気づいた。そしてクルマの免許を取得。 「クルマに触れていたいから、大学も自動車部で選びました。下宿していた場所からガレージまで400mしかなかったので、一晩中籠ってクルマをいじっていました」 この自動車部はJAF公認ラリーを主催するほど本格的な活動をしていた。年中、林道を走っては、地元の方々に許可を取りコースを作った。クルマでレースをするのであれば、サーキットに憧れるのは普通だと思うが、なぜラリーだったのか。 「サーキットは同じコースを練習できるので、ピンとこなかった。ラリーはぶっつけ本番で、その緊張感がよかったんだと思います。またどんなに一瞬速く走れても、ゴールにたどり着かなければ意味がないことも真剣に向き合える理由でした」
自由な発想が無限の可能性を生み出す
トヨタに入社してから、最初に参画したのはハイラックスのシャシー設計。その後もオフロードを走るSUVの設計に携わってきた。開発者にとって当時はまだ、花形は乗用車。それでも小鑓氏は大好きなオフロードを走るクルマ作りに没頭した。 「初めてクルマを一から作り上げたのはランドクルーザープラド(90系)です。歴史あるランドクルーザーの名を持つクルマを担当することになり、とても緊張しましたが、前任の開発主査から引継ぎで言われたことは、<自由にやってください>の一言」 60年以上続くランドクルーザーというブランド。歴代の開発主査から脈々と続く骨子があるかと思っていただけに意外だ。 「ただ、どの主査も先代のランクルより強いランクルを作ることがミッションだということはわかっていました。だから先代の技術に固執して小さく進歩するのではなく、自由な発想で確実に進化させることを肝に銘じて開発し始めました」
テストコースは地球。すべては最強のクルマになるために
ランドクルーザーは日本はもちろん、ヨーロッパやオーストラリアで人気のSUV。小鑓氏は各地に赴き、その土地、使われ方などを肌で感じながら見て廻った。それはランドクルーザーの主査になっても変わらない。中東やアフリカ、オーストラリアなどさらに過酷な土地で乗る人々に会い、砂漠でもジャングルでも、一緒に走る。地球上でランドクルーザーが走っている場所ならどこへでも行く。 「もちろん国内のテストコースには、世界のさまざまな路面を模擬したものはありますが、例えば800km続くダートだとか、10時間連続走行だとか、現地でのランクルの使われ方を試そうと思うと、やはり現地でやるしかない。適合試験をさまざまな仕向地で行い、最終的にランドクルーザーの味つけをします」 評価基準は99項目あるそうだが、うち24項目はランドクルーザーだけの特別な基準が設けられている。アスファルト上での走行安定性はもちろん、山岳路やジャングル、砂漠、岩そして川渡りと地球の素肌そのものの上で、いかに地球の懐深くまで分け入れるか。ほかのクルマにはないミッションをランドクルーザーは与えられている。
夢見る自由まで拡げてくれるクルマ
「登山は、山に登るだけが目標ではなく、しっかり帰ってくることが大事。ランドクルーザーもどんな過酷な大地を走破するだけでなく、ちゃんと帰ってこられるクルマとして仕上げています。だからたとえ評価基準をクリアしていても満足せず、壊れるところまで走らせ、その成果をクルマ作りに活かし、壊れないクルマにしています」 見た目にはわからない細かな設計により、強靭なシャシーとゆとりある車内空間を生み出している。東アフリカの雨季には泥ねい路や川渡りが、中東では灼熱の砂漠が、オーストラリアでは細かい砂塵が待ち受ける。そんな過酷さを物ともせず、ドライバーの意のままに乗り越えてくれる信頼性の高さこそがランドクルーザーの誇りだ。 「僻地医療のドクターカーとして、また南極でも活躍しています。ランドクルーザーは、地球上で人がしたいことの可能性を拡げてくれるクルマです。誰でもが遠くへ行ける。単に移動の自由だけでなく、夢見る自由まで拡げてくれるクルマです」 60年以上の歴史を持つランドクルーザー。今まで地球上を走破した轍のぶんだけ人と人をつなぎ、人の可能性を地球サイズで拡げてきた。小鑓氏は世界中のランドクルーザーファンの思いと期待をランドクルーザーで具現化した。だからランドクルーザーのドライバーズシートに乗り込み、ステアリングを握ると、その懐の深さ、潜在能力の高さに人は心ときめくのだ。

記事:寺田 昌弘